あのショーは彼の人生をどう変えたのか 1-2
不思議なもので、半ば強いられたものとはいえ、禁断の一線を大きく踏み越えたあの経験は、一度自身の中で受け止め直してみると、彼に不思議な自信を与えた。
何につけても禁止ずくめで勉強一辺倒の生活を強いてきた母親に、はっきり自分の意向を主張するようになった。もう母親が求めてきたようないい子ちゃんではいられないし、いる必要もない、そう感じたのだ。
絶対だと思っていた母親の強権的支配は、彼が堂々と自己主張をはじめてみると、びっくりするほど脆いものだった。母親の方は幼少の頃からろくに口答え一つしなかった息子は、永久に自分に従順だと信じ込んでいたと見える。うちのシゲくんに反抗期なんてあるわけ無い。そう決めてかかっていたらしい。
ひとたびあからさまに反発されると、狼狽え、おどおどするばかりだった。一度は烈火のごとく怒ってみせたものの、茂正がそれに怯まずに自分の意志を貫いてみれば、簡単に腰砕けになる。それまで彼にとって独裁的な女帝のように思えていた母が、ここまでヘタレだったとは拍子抜けするほどだった。仕事一辺倒で、息子のことは母にほぼ丸投げしていた父は、ここでも母の力にはならなかった。
多少はせめぎ合いは続いたものの、彼の生活を雁字搦めに縛っていたさまざまな禁止は、夏休みのうちにほとんど撤廃させた。マンガやアニメの禁止、そればかりか読む本一冊一冊までチェックするようなやり方はすぐにやめさせた。それまでは彼のPCはリビングに置かれ、親が家にいればいつでも使用を監視される状態だったが、それを自室に移しても文句は言われなくなった。R-18閲覧の制限は残ったままだったが、ずっと自由に使えるようになった。
彼はもともと頭が良いし、勉強そのものは嫌いではなかったから、母親に無理強いされなくなり、それまで通わされていた詰め込み式受験指導の塾を辞めても、成績は全く落ちなかった。それまでの母親のやり方はいったい何だったのかという話になり、これで母親を完全に黙らせることになった。
塾代が要らないのであれば、どうせ彼のために使う費用ならスマホに使ってもいいはずという理屈も加え、そもそも今時持っていないほうがおかしいとして、スマホを持つことも認めさせた。
中学を卒業する頃には、母親もかつての過干渉とは真逆の、あからさまな放任主義になっていた。難関進学校に合格したことも含め、相変わらず息子の出来の良さは自慢の種にしていたようだが、逆に言えば成績さえ良ければ母親からほとんど何も口を出されなくなった。
結果的にはあの経験は、茂正にとっていわば通過儀礼的な意義を持ったのかもしれない。