謝罪と裏切りと裸の女王様(前編)-1
「みさき、最近元気なさそうだけど、何かあったか?」
彼女の様子がおかしいことは、父親の健太郎にも感じ取れたのだろう。その日の晩、夕食のテーブルを挟んで向き合うみさきに尋ねた。
「べ、別に……」
できるものなら、父に今までのことを打ち明け、助けを求めたかった。けれどもそうして下手に父が動いて、それが瑞華らに知れたなら一巻の終わりになる。かといって話した上で絶対に何もしないでと念を押すのであれば、父を無用に悲しませ、心配させるだけになってしまう。
やはり、何も言えなかった。どうにかその場を取り繕うしかなかった。
「もうすぐ、母さんの命日だな」
テーブルの上に飾られた母の遺影を見つめつつ、健太郎は口にする。
「みさきも、こっちに付いてきてくれてありがとな。もし俺一人ぼっちだったら、今頃寂しくてどうにもならなかったかもしれないよ」
そうして父のために転校するという選択肢をとったことが、最悪の事態を招いたのだと思うとみさきもやりきれなくなる。それで彼女に浮かぶ悲しみの表情は、亡き母への思いゆえのものと、父親には映ったかもしれない。
そして、翌土曜日になり、正午を過ぎて、呼び出しの時刻が近づいてきた。
行かずにおきたかった。このまま、逃げ出したかった。
けれどもそうしたらこれまでの恥ずかしい画像がネットにばら撒かれる。とりもなおさず、それは自殺に等しい行為にほかならない。
まだ40代に入ったばかりで世を去った母親の分まで生きなければいけない。みさきはそう心に決めている。どれだけ辱めが続こうと、自分を粗末にするようなことをするわけにはいかなかった。
暗澹たる思いのまま、みさきは呼びつけられた通り、指定の時間に学校へ、水泳部室へと赴いた。
おずおずと部室のドアを開けると、すぐに射すくめるような瑞華のまなざしとぶつかった。残りの3人も冷たい面持ちで後ろに控えている。浩介はまだこの場にはいなかった。
入室した彼女を見るなり、瑞華は言いつける。
「じゃあ恵美、脱がしてやって」
みさき自身に脱ぐことを強要しても構わないのだが、瑞華はあえて、恵美にその役目をやらせた。みさきを庇い立てしたことに対する制裁のひとつだった。
恵美は黙って頷くと、言われたとおりに、無表情でみさきの制服のリボンを抜き取り、ブラウスのボタンを外していく。前がはだけられ、純白のブラジャーが覗いた。抵抗することも許されていないみさきは、黙ってそれを受け入れるばかりだ。
「みさきちゃん、ごめんね……」――昨日の帰りに恵美が言ったあの言葉が思い出されたが、あれは何だったのか。恵美も結局、瑞華たちのいじめに加担しているだけではないか。いよいよみさきには悲しみと絶望的な思いにかられた。
恵美は決してみさきと目を合わせようとしていない。ただ脱がせる自分の手先だけに視線を集中して、事を進めていた。それだけでも、あからさまに悪意と嗜虐心に満ちたまなざしで彼女を辱めてきた瑞華一味とは違っている。だがその違いにも、みさきは気づいてはいなかった。
ブラウスを剥ぎ取られ、スカートも下ろされ、ついでに靴下も外されて、みさきにはもう下着しか残されていなかった。これも辱めのほんの序章でしかないことを思い、彼女は儚げな肢体をぶるぶると震わせていた。
「下着は後で取らせるから、そこまででいい」
脱がされた制服を取り上げ、紙袋に入れて手にすると、瑞華は告げる。
「じゃあ、恵美は逃げないように見張っといて」
みさきもどうせこの姿に剥かれて逃げ出せるわけがないのだが、瑞華はそう言って恵美も残し、他の2人を連れ立って部室を出た。もちろん、浩介を呼びに行くためだ。時間も決めてあったから、確認にスマホで連絡を入れてそのまま来させてもいいのだが、ちゃんと来てもらうために直接迎えに行くことにしたのだった。
ドアが閉まり、みさきと恵美、2人だけが残された部室には、ただ陰鬱な空気が立ち込めていた。
下着だけにされたみさきは、背を向けてうずくまるばかりだった。恵美もまたしばらく彼女から顔を背けていた。だがどうしてもやりきれなくなり、背後から話しかけた。
「ごめんね……本当にごめんね……」
震える声だった。恵美の目には涙も浮かんでいたが、うなだれたまま振り返ることもできないみさきは、それに気づかない。
「みさきちゃんはあいつらが言うみたいに悪い子なんかじゃないことはわかってる。でも……」
それでも、恵美にも何か事情があることは、みさきにもわかった。きっと瑞華たちに何かされたに違いない。
それで脅されて、いじめのお先棒を担がされているのだ。自分のほかにも犠牲になった子がいるなんて。みさきの目からも、また涙がこぼれていた。
「み、水沢さんも……?」
昨日と同じく名前で呼ばれたみさきだが、彼女からは名前呼びで返すことはできなかった。
「今は、それしか言えない。もうすぐあいつらが戻ってくるから……ごめんね……」
もし今もみさきに同情していることが瑞華に知れたら恵美にとっても一大事だった。それ以上の事情を話すことはできなかった。