お江戸のお色気話、その10-3
「そこで直ぐには出来ないんだよ。昼間っからは目立つし、
子供も近くで遊んでいるし、大っぴらに出来ないからね」
「そりゃそうだろうさ、銭湯の中で、
情交をやるなんて俺には考えられないな」
と生真面目な桶屋の亀吉が呟いた。
「カミさんとなら無理だろうけど、若い娘ならできるだろ、次郎吉」
「それとこれとは別だよ、若い娘ならできるに決まってるだろ!」
「それはそうだね」
長屋の夜の話は再び盛り上がってきたようだ。
「ところで、与太吉はその銭湯に行ったのかい?」
「遠くの仕事が終わったので、近くの銭湯に行ったんだよ、
そうしたらエロいオカミさん達がけっこういてね」
「たとえば?」
「おっぱいが大きくて、腰回りがぷりぷりしてたり……」
「なるほどね」
「男を見つけると、やってきて背中を流しましょうか、とね」
「なるほど」
「そのオカミは、身体をピッタリつけて洗ってくれるのさ」
「そりゃ良いねえ」
「そのうちにね、カミさんがちんぼまで手で洗ってくれるんだ」
「へぇぇ……凄いね」
「そのうち、女は男の前でしゃがんで、ちんぽを口に咥えるのさ」
「ひぇぇ、それって本当ですかぁ……」
カミさん達に混じっていた左官屋のさぶの娘のまつが驚いていた。
大人でなくても、
この暑い夜に眠れない夜を過ごすのは誰もが同じだった。
そのまつの隣には、恋仲の植木屋の妻の息子の太吉がいて、
まつの手を握りながら、その話を聞いていた。
与太吉の話はいよいも佳境に入って行くようだ。
気を良くした与太吉は興奮して再び喋り始めた。
その大きな銭湯には、夕方近くになると男も女も汗を流しにやってくる。
当時の、銭湯は混浴で、男と女の仕切りがない。
それがごく自然にそうなっていた。
女達は子供も連れてくるので、人は少なくない。
銭湯で男と女の仕切りが出来たのは、ずっと後のことになる。
さて、銭湯では、夜にもなると暗くなり、
灯す油では薄暗いので子供連れの女達は帰っていく。
何しろ、武家や金持ち以外には、
家で風呂を沸かす家が少ない為に、安い銭湯が繁盛をしていた。
湯を沸かす木も薪も何も値段が高くて、なかなか手に入らないからだ。
その頃の日本人には、男女間にはあまり羞恥心という概念がなかった。
外国人が信仰のためや交易の為にきて、その光景を間近に見て驚いたらしい。
また、銭湯で実際に赤毛で大きな体と、太く長い男の逸物を見てたまげたようだ。
大きな銭湯では、男も女も大っぴらに裸で混浴をしていた。
しかし、それと教養とは別であり、外国に比べて識字率は高かったという。
それが、当時の日本の実態だった。
その実態の記録としては、
宣教師が自国に帰り記述した文章からも、それが伺い知れる。
実際に銭湯は江戸初期から中期までは混浴だった。
松平定信 が老中に就任すると寛政の改革が断行され、
風紀の乱れを正すために混浴禁止の町触が出た。
しかし、もぐりで商売したりして、あまりそれが守られなかった。
それ以前にも、江戸の下町では、この話のように性と欲望は渦巻いていた。
まさに、その頃の江戸は享楽と快楽の街だった。