予行-1
「西永くん、ちょっといい?」
浩介と同じクラスの瑞華は、普段から話す機会もある。そこで提案をもちかけた。
これまでの野球での健闘を称えて、応援してきた女子一同で、贈り物を渡したい。
そういうことにして、土曜日の練習が終わった後、水泳部の部室に来るよう浩介を誘ったのだ。
「わかったよ。そんなことまでしてくれるなんて、本当にありがとう」
なぜ瑞華の所属するテニス部ではなく水泳部の部室なのか浩介はちょっと訝しんだが、ともかくも了承は得られた。これで、準備は整った。
みさきの悪口を瑞華が吹聴しているという噂は、浩介の耳には届いていなかった。ただの成り行きなのか、それとも失恋からまだ日も浅い彼を気遣って、想い人のことを話すのを彼の周囲の面々が避けていたからなのかは定かではない。もし知っていれば、この時点でも瑞華に対する態度も変わっていただろう。
瑞華は朝菜を通して、計画実行の前々日となる木曜日の部活動時間の終了後、みさきを水泳部室に呼びつけた。
2日ぶりの呼び出しに、今度は何をされるだろうかとびくびくしながらも、拒否できないみさきはその通りに部室に足を運ぶ。
中にはもちろん、瑞華たちが待ち構えていた。その一味にもう一人が加わっているのを見てみさきはいよいよ戦慄した。
「み、水沢さん?」
それも、クラスメートで委員長の水沢恵美。今まで内気なみさきにずっと優しくしてくれた子だった。その彼女までがいじめる側に回ってしまうなんて……。みさきはいよいよ絶望的な気分になった。
恵美は悲しげな、申し訳なさげな目で入ってきたみさきを見つめていた。だが、俯くばかりのみさきはそれには気づくことはない。
「あんたには、どうしてもやってもらわなきゃいけないことがあってね」
怯えるみさきに向けて、瑞華が高圧的に言い渡す。
「西永くんに、ちゃんと謝るのよ」
告白されたとき、みさきは彼の気持ちには応えられないことを、「ごめんなさい」とちゃんと謝った。それで彼も納得して受け入れてくれた。それなのにどうして今さら、改めて謝罪しないといけないの?
「私はもう謝りました。それで西永くんも……」
みさきは戸惑いつつ言葉を返そうとしたが、瑞華が一枚の紙を突き付けつつ遮る。
「あんたがしたことは謝って済むようなことじゃないけど、そんな態度だからなおさら許されるもんじゃない。土曜日の昼に西永くんを呼んであるから、これに書いてある通りに謝ること。話はそれからよ」
そう言って、瑞華は紙を手渡した。
そこには、次のような謝罪文がワープロで印字されていた。
私、相生みさきは、男をたぶらかしては弄ぶ、最低最悪の女です。
このたびは、こともあろうに西永くんの心を惑わし、告白までさせておいて、それを断るなんて、思い上がったことをしてしまいました。
そうしてあなたの気持ちを踏みにじってしまって本当に申し訳ありません。
そのせいで野球の調子も狂わせ、あなたとチームメートの地区優勝の夢も壊してしまいました。
あなたを応援するたくさんの女の子たちも、悲しませてしまいました。
私のしたことは、取り返しのつかないことです。
こんなことで許されるものではないことはわかっていますが、今ここに、心から謝罪いたします。
PCで作り込んだ様子が窺えたとはいえ、文章はいかにも中学生が考えるような稚拙なものだった。こんなものを言わされるのかと思うと気が滅入ってくる。
まだ謝罪文には続きがあったが、行間を空けて、指示書きが挟まれている。
ここで、土下座すること。
その後、下着も脱ぐこと。
酷く屈辱的な内容だった。つまり、謝罪も下着姿でしろということだ。あまつさえ、途中からは裸になれとまで言う。
またしても男の子の前で恥ずかしい姿を晒すことを命じられ、彼女はいよいよ陰鬱な気分になった。
謝罪文の続きは、もっと酷いものだった。
私のこの身体を見てください。
この通り、私は15歳になっても、おっぱいも全然ないし、まだ下の毛一本生えていない子供です。
こんな女とも言えないような身体を見たら、西永くんもさぞ幻滅するでしょう。最初から好きになんてならなかったと思います。こんな身体で男を誘惑しようなんて、愚か者にもほどがあります。
どうぞ、大いに笑ってください。
それでいて私はそんな身体を、こんなふうに男の子の前でも平気で晒すような変態です。
今までもあそこを見せびらかしたり、裸で泳いだりもしました。
そんな変態女が西永くんに気に入られるなんて、何かの間違いでした。
この姿を見て呆れて、徹底的に軽蔑してください。
こんなとんでもない女が西永くんの心を惑わそうなんて馬鹿な真似をしたことを、心からお詫びします。
とても読むに堪えなかった。文字を見るだけでもみさきには気分が悪くなるような代物だった。中身を目で追うにつれ、いよいよ紙を持つ手もわなわなと震えてくる。
彼女は3月末の生まれで本当はまだ14歳なのだが、それを訂正してもらおうという気も起こらなかった。
本当は瑞華たちに剃毛されたのに、陰毛もまだ生えていないことにされている。この前の茂正の時だってそうだった。けれども、何を抗議したところで聞き入れられるわけがないことは、彼女も痛いほどわかっている。
こんな紙、本当なら即座に破り捨てたいぐらいだ。だが、合図のように瑞華にスマホをちらつかされると、どうしようもなかった。