泳ぐ裸身-1
辱めは、一度や二度で終わりはしない。みさきを一方的に罪人と決めつけ、お仕置きと称して虐げる瑞華の恐ろしさを、改めて感じさせられた。
明日のことが気になって仕方がなく、みさきは午後の授業も、その後のピアノのレッスンと塾の授業も、まったく身が入らなかった。
そして、翌土曜日になる。どんな恥辱が待っているだろうと思うとただ憂鬱だった。
たった一人の家族である父親も休みだったが、趣味の風景写真撮影のため早朝から出かけている。とても仲の良い父娘だが、だからこそ特に決めた日以外は、休日は思い思いに過ごして干渉しあわない。それが相生家の流儀だった。
みさきは一人、虚ろな気分のままでいた。
朝食に少しばかりシリアルを摂ったが、それ以上は何も食べたい気もせず、昼食も口にできそうもない。
何もせずにその時を待つばかりではかえって気が滅入り、彼女は家のピアノに向かい、弾き始めた。
彼女が好んで演奏する曲の一つ、ベートーベンのピアノソナタ第23番「熱情」。
今の悲哀に満ちた気持ちが乗ったからか、むしろいつもより上手に弾けたような気がする。それがかえって悲しみを募らせもした。
それから、彼女が前に在籍していた瀬山中学校の校歌。
転校する直前に、合唱コンクールで伴奏を担当した「マイバラード」。当時の彼女のクラスが学年優勝も果たした思い出の曲だ。
平和そのものだった前の学校での思い出に浸りながら、現実を忘れようとした。
そうやって、午前中の時間が過ぎた。
時刻が正午を回ると、みさきは打ち沈んだ気分のまま、制服に着替えた。
真面目過ぎる彼女は、どんな目的であろうと、学校に立ち入るなら制服を着ていかなければいけないと思ったのだ。父は出かけっぱなしだから、休みなのになぜ制服で出かけるのかと勘繰られることもない。
できるものなら、このまま家に残っていたかった。
こうなったら行くのを拒否しよう。そして自爆覚悟で瑞華たちを告発しよう。そんな考えも頭をよぎった。
そうしたら脅しの通り、今まで撮られた彼女の恥ずかしい写真も拡散されるかもしれない。けれどもそれは紛れもない違法行為なのだから、足がつけば瑞華たちだって無事では済まないはずだ。
だが、それと引き換えに、みさきの人生も終わったも同然になる。一度インターネットに流出した情報は、まず永久に消えることはない。学校のコンピュータの授業で教わったことだ。これで中学生で裸を晒した女として、世の中のどこの誰に見られるかわからない。それが知れればどこにも就職できず、誰とも結婚できなくなるかもしれない。
そうなってまで瑞華たちと刺し違える勇気は、みさきにはとても奮い起こせなかった。
みさきは、母がまだ40代に入ったばかりで世を去った時、母の思いを受け止め、母の分まで生きなければならないと心に決めていた。そのためにも、悪党連中もろとも自爆するなどという、自分を粗末にするような行いをするわけにはいかない。
やはり、行くしかなかった。