傷心する少女-3
「行ってらっしゃい、お父さん」
明くる日、仕事のためいつもみさきより早く家を出る必要がある父親を送り出すと、彼女は改めて陰鬱な気分に駆られた。
学校に行くのも躊躇われる。
瑞華たちの辱めが、あれで終わりではないことは仄めかされている。今日からも、どんな恐ろしいことが待っているかわからない。このまま家にとどまりたい気すらした。
とはいえ、裸の写真まで撮られている以上、結局はあの連中の言う通りにしないわけにはいかない。
みさきは重い気持ちを抱えたまま、やはり登校した。通い慣れた学校が、あたかも魔窟のように思えてきた。
「おはよう、相生さん」
まだこの学校では誰も「みさき(ちゃん)」と名前呼びはしてくれないが、こんなふうに声をかけてくれる友達は何人もいる。けれども彼女はほとんど上の空。授業も、まともに聞けたものではなかった。
その日は結局、何事も起こらなかった。
校内で瑞華や公江とすれ違っても、何も声もかけられなかった。同じクラスの朝菜からも、何もない。
それでも、昨日撮られた恥ずかしい写真のことは、気になって仕方がなかった。あれから勝手に、誰かに見せられていたら。もしかしたら学校のみんなが、もう自分の裸を見ているかもしれないのだ。
そんな最悪の事態も想像して、まなざしというまなざしが怖かった。
瑞華たちに訊いてみるなど、もちろん怖くてできなかった。
みさきはいつ瑞華たちから声をかけられるかと、怯えながら一日を過ごしたが、そのまま過ぎた。
あの一度だけで終わってくれれば……と、彼女は祈らずにおれなかった。
「ねえ、相生さんって、あの西永くんに告白されたの?」
その次の日の朝の始業前、教室で同じクラスの水沢恵美が話しかけてきた。一緒に遊ぶ友達というほどの親しさではないが、学級委員長として面倒見がよく、内気でコミュニケーションが不得手なみさきのことも、たびたび気にかけてくれる女生徒だ。
みさきは今さらのように、浩介との一件が自分の知らないところで広まっていることに気づかされた。
この会話に、他の何人ものクラスメートも乗ってくる。
「相生さん、可愛いもんね」「目立たないと思ってたけど、ほんと美人よね」
そんなふうに、ある種憧れや尊敬のまなざしを送ってくる者までいる。
「断っちゃうなんて、凄い勿体なくない?」
こんなふうにたくさんの同級生から話しかけられるなんて、みさきにとってはこの学校に来てはじめてだった。だが瑞華から受けた辱めがいやでも思い出され、彼女はまともに受け答えできたものではなかった。
そんな折、ふと、斜め二つ前の席から振り返った朝菜と目が合った。明らかに会話を横聞きしていたようで、射すくめるようなまなざしをみさきに送る。
それだけで、みさきは身をこわばらせた。
そして3時間目の前の休み時間だった。朝菜が、彼女に近づくと耳打ちしてきた。
「昼休みになったらすぐ、水泳部の部室に来てよね」
夏にもかかわらず、荒れ狂う吹雪が吹き寄せたような思いに駆られ、みさきはたちまち凍りついた。怯えの表情を隠せない彼女に、朝菜は念を押す。
「来なきゃどうなるか、わかってると思うけど」
世の中のありとあらゆる人たちが自分の裸身に視線を注ぐ姿がいやでも浮かんできてしまう。また辱めを受けに行くも同然だが、行かないわけにはいかなかった。
そのことで頭がいっぱいになり、その後の授業など、まったく身が入らなかった。英語の時間に当てられたとき、優等生の彼女ならまずしないようなとんでもない発音の間違いと誤訳をやらかし、先生にもクラスメートたちにも驚かれた。懸命に取り繕おうとするみさきに、朝菜は冷ややかな視線を送っていた。
4時間目の国語の時間の終わりが近づくと、みさきは時間が止まってほしいぐらいの思いだった。
キーンコーン、カーンコーン
そんな思いもむなしく、チャイムが午前の授業の終わりを告げた。