傷心する少女-2
家に帰ると、崩れ落ちるようにリビングのテーブルに縋って、泣き出した。
ああぁーん!
今日、瑞華たちから受けた数々の仕打ちが、いやでも思い出されてくる。下着姿にされ、全裸にされ、あまつさえ陰毛まで強制脱毛されて、その姿を写真に撮られた。
思春期の少女にとって、過酷すぎる辱めだった。
彼女は父親の健太郎と二人暮らしであり、この時間には他に家には誰もいない。だから人目をはばかることなく、ひたすら号泣した。
泣き疲れてふと顔を上げると、テーブルの上にいつも置かれている、母親の写真と目が合った。
「お母さぁーん!」
病弱だったみさきの母・麻里穂は、中学に入学した彼女の制服姿を見届けるように世を去っている。優しかった母に、全力で泣き縋りたかった。
「私、どうしたらいいの……?」
だが、たとえ母が生きていたとしても、いや、むしろ母が生きていたら、あんなことを話せなどはしなかっただろう。
もちろん父にだって、とても話せるものではない。男親に言うにはなおさら恥ずかしすぎることだし、大事な娘がこんな目に遭わされたと知ったら、父もどれほど悲しむことか。それで激昂して、下手に父が動いてそれが瑞華たちに知れたら一大事だった。
先生にも友達にも、話せるわけがなかった。そもそも転校して半年強、内気なみさきは、こちらの新東中ではまだ、休み時間に一緒にいる程度の友達数人しか作れていない。
ひとり、胸のうちに秘めておくしかなかった。
みさきは、瑞華たちに辱められたからだの穢れを振り払いたい思いで、シャワーを浴びようとした。だが、そのために裸になると、かえってあの連中の前で脱がされた今日の恥辱が思い出されてしまう。いまだに、瑞華らの凶悪な視線が裸身にまとわりついているような気がしてならなくなる。しかも、辱めの象徴とも言うべき無毛にされた下腹部が目に入ると、あの時の羞恥がよみがえってくるようで、思わず自分の手で覆ってしまったほどだ。やりきれない思いで水量を多くして身に浴びたが、何も洗い落とせはしなかった。
夕食時に間に合って帰宅した父の前では、努めて平静を装い、何事もなかったように振る舞った。母親のいない相生家では、平日はみさき、休日は健太郎が夕食を作るように分担しており、この日もどうにかみさきが作って出している。
二人だけの家族なのでみさきと父との仲はとても良く、いつもなら夕食後もともに語らったりする。それぞれの好きな映画をネット配信で一緒に見るのも楽しみの一つで、父は昨日見た作品の続きを見ようと言ってきた。けれども今のみさきはとてもそんな気にはなれず、何か理由をつくって自室にこもった。
それでもぼんやりと机に向かうばかりだったが、そんな折、彼女のスマホに着信が入った。「石井理恵」の名前と、その笑顔の画像が表示される。前の学校での親友で、今もたびたびメッセージは交換している。だが電話での着信は久しぶりだった。
「理恵ちゃん?」
みさきにとって、互いに名前呼びしあう相手は理恵をはじめ前の学校の友達しかいない。
「みさき、話すのは久しぶりね」
理恵は近況を嬉しげに語った。球技大会のバレーボールで彼女のクラスが優勝したこと。秋の文化祭で、彼女の提案が採用されたこと。みさきとも共通の友達だった坂井佳奈子に彼氏ができたことなど、まくしたてるような勢いだった。
みさきは理恵に、いっそ今日のことを打ち明けてしまいたい衝動に駆られた。
「理恵ちゃん、私……」
「どうしたの?」
だがあまりに恥ずかしすぎることだし、理恵の朗らかな声を耳にするとなおさら、そんな話はできそうな気がしなかった。
「あ、別に……」
その場を取り繕うような話しか、結局できずに終わった。
みさきがこちらに引っ越してきたのは父の仕事に合わせてのことだった。前の中学の学区内にあった祖父母の家(母の実家)から通い続ける選択肢もあった。だがいまだ母を亡くした悲嘆を彼女以上に引きずっていた父を一人にはするまいと、理恵をはじめ仲良しだった友達と離れてまでついて来たのだ。
それが、最悪な形で裏目に出るなんて……。
せめて高校生になる時にこちらに移ることにしておけば、あんな目には遭わなかったのに。今さら悔やんでも後の祭りだった。