(後日談)馴染みパン屋のミレーユ母娘-2
3
二人だけの手狭な事務室で、弾んだ呼吸が絡み合うようだった。
「お前、エロくなったよな。ずっと小娘と思ってたらすっかり。子供が出来てから図太くなったっつーか。! 追い? 締めつけてる?」
「あの頃から、セクハラエロ親父でしたよね? 頑固な職人面してるくせに、夜とか来るとすごく変な感じしましたよ。ふふふ、他の奴より嫌じゃなかったですけど、ギャップが不思議で」
昔のことを持ち出されると、ナセルとしても返す言葉もない。ミレーユが楽しそうに笑っている気配は、励起したペニスを飲み込んだ女陰から直でつたわってくる。
この女への愛しさは、どう表現すればいいのかわからない。
初老のナセルはゲリラ時代から、親子ほど以上も年の違うパン焼き助手のミレーユにセクハラ言動していたどころか、彼女の「夜のお勤め」では順番を待ってでもミレーユのところに通っていた。手下のパン焼き助手の少年たちはまだしも、彼女の値打ちがわからない奴に好きにされるのが業腹だったのもある。
「その年で精力有り余ってますよね? ミコに弟でも妹でも作ってやりたいし」
ミレーユはばすっと音を立てて、自分から豊かなヒップを、愛の抱きつきのように叩きつけてやった。激しい調子で上下に揺らしながら、根元まで貪欲に繰り返し貪る迫力は覚醒牝の真骨頂だろうか。
耐えきれなくなって悲鳴を上げるナセル。ミレーユは横目に振り返って、妖艶な微笑を浮かべて促す。
「私もミコも、下の子欲しがってるんです。どうぞ」
新たな子種をねだる適齢期の女性器が、悩ましげな吐息と呼吸に合わせて鼓動していた。そのまま不敵なまでの問答無用さでヒクヒクと生き物のように蠕動しながら搾り取ってしまう。
(あ、出てる! 中でビクビクしてる!)
ミレーユは女の満足感に打ち震えた。
(すごくやり遂げたいい顔しちゃって、そんなに気持ち良かったのかしら? 可愛い男!)
今現在では、特に相手は数人に絞られている。あとで遺伝子検査で父親特定も容易だろう。ナセルなら、血のつながりがあろうがなかろうが、ミコも含めて父親や祖父として愛情を注ぐに決まっている。
女であり母でもあるミレーユは、五年前より一皮剥けていて、近ごろでは仲間内の親分格になっていた。パン焼き親方もたじたじであった。
4
店の外では、セラとその親衛隊の野犬君(飼い犬?)と遊んでいたミコがくしゃみしていた。
「この子、食べられるの?」
ミコの素朴な問いかけに、犬はちょっと困った顔で目を丸くする。まるで「勘弁してくれ」とでもいいたげだ。
セラは笑いながら答えた。
「最後の手段かしら? 好き好んで食べる人もいるらしいけど? でも私ならこの子よりはウサギを先に食べるわね。犬って原始時代から、人間の狩りを手伝ったり、番犬したりしてたし、ちょっと特別かも。氷河期に原始人が凍死しなかったのは、犬が湯たんぽ替わりになったからじゃないかなって思ってる」
「ひょーがき?」
「大昔に、世界中が寒くなって、雪と氷ばっかりになった時代のこと。その時代にも、あとちょっとで人類が滅亡するところだったらしいけど。歴史の記録もないようなすごく、ずっと昔」
「ふうん」
ミコはわかったようなわからないような顔。
いずれ、古い歴史の話もすべきかと思ったが、セラはあまり詳しくないから、自然にパトリシアの顔が頭に浮かぶ。彼女だったら、子供に話すくらいのあらましは知っているだろう。
「今みたいに、ううん、今よりもっと人数が少なくなって、それからもう一回増えたのよ。私たち人間って」
そこへミレーユがほんのり上気した笑顔で現れた。ほろ酔いのような、心地良さげな調子で。セラは現場を見ているだけにミコとのやり取りや反応が少し気にかかったが、全く杞憂だったようだ。
度量というか腹が据わっている。まるで勝利者のような屈託のなさでミレーユは平然として告げた。
「そうね。ミコにも弟か妹が出来るかも」