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薄氷
【SM 官能小説】

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薄氷-16

「今さらながらですが、K…子のことはきっぱり忘れることですよ。いや、そもそもあんたの中にK…子という女の存在はない。それからついでに言っておきますが、あなたが抱いたあの女は、もうあんたの前に現われることはありません。女にあたしが与えた役わりは終わったのですから」
「役わり……って、どういうことだ」と、あなたは言った。
「あたしが命じたままに、あんたに抱かれるということですよ」と言って男は陰湿な笑みを頬に
浮かべた。
 やはりあの女は男のものだった。そのことに今さらあなたが驚くことはなかった。なぜなら妻
を犯した男の女として、あなたはあの女を受け入れたことに違いないのだから。
男は冷ややかに言った。「役わりの終わった女は捨てました。女から聞いていませんでしたか、あのハゲタカの岩山のことを。あの無人島の岩山に連れて行き、全裸で岩肌に鎖で括りつけてきましたよ」
「彼女は抵抗もせずにそうされたということなのか」とあなたは膝に微かに震えを感じながら言った。
 「薬で眠らせ、ジープで山頂まで運び、女が気がついたときにはそういうことになっているのですから抵抗も何もできるわけがない。今頃は獣に犯された体を臓腑までハゲタカに食い千切られ、骨の髄まで啜り取られ、砕かれた骨は荒風に飛ばされて跡形もなくなっていることでしょう」
 胸が苦しくなり吐き気が襲ってきた。あの女が跡形もなく喪失してしまったということがあなたには理解できなかった。
「ついでに言っておきますが、K…子がもし、競りで買い手がつかなかった場合は申し訳ないが、同じようにハゲタカの岩山に捨てさせてもらいます。いずれにしてもK…子という女の存在そのものが喪失してしまうということです」と男は笑い、席から立ち上がると、珈琲の代金をテーブルに置き、その場を立ち去った。

 あなたは男と別れたあと、冬色に染まった黄昏の街をあてもなく歩き続けた。冷え込んだ夜気があなたの胸の奥を薄い氷で包んでいくようだった。そしていつのまにか気がつかないうちにあなたは自分の部屋のベッドの中にいた。
男と別れてからどれくらいの時間がたったのかわからない。毛布にくるまった冷えた体の中で、中心にあるものだけが熱をもっていた。
不意に《妻の気配》を感じたあなたはゆっくりと眼を閉じ、競(せ)りにかけられる妻を思い浮かべた。妻であって妻でない顔。妻を買い求める男たちの視線。次の瞬間、《妻の気配》は吹きすさぶ風音が鳴る岩山の上にあった。荒々しい岩肌に磔にされるように広げられた細い手首と足首が鉄環に鎖で縛られ、痛々しい肌を晒している全裸の女が見えた。天空をゆっくりと舞っているハゲタカの不気味な嘴が見えた。女の傍で立ちはだかる獣の生々しいペニスから精液が滴っている姿が見えた。あなたにはその女がほんとうに妻なのかわからなかった。ただ《妻の気配》だけがあなたの中に漂っていた。
不意に気がつくと、岩山の上には誰もいなかった。鎖で縛りつけられた女の姿は跡形もなく消えていた。ただ女が、妻が、そこにいた気配だけが空虚な風に晒されていた………。




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