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薄氷
【SM 官能小説】

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薄氷-12

 暗い闇があなたを包み込んでくる。見えない妻の気配があなたの呼吸の息苦しさを増し、肉体は希薄になる。
 その夜は眠れなかった。窓のすき間から流れてくる空気があなたの醒めた意識と葬られた記憶を交錯させ、溶かし、混じらせ、色彩を吸い取っていく。
時計の針が夜の一時を過ぎたとき、ベッドの傍のテーブルの上で着信を示すあなたの携帯電話のランプが点滅を繰り返している。狡猾な光の点滅。携帯電話の着信はあの男の番号を示していた。あなたはとっさに電話を取った。聞こえてくる音。それは明らかに肉肌に撥ねる鞭の音と女の身悶えする嗚咽だった。

 ビシッー、ビシシッ………… あうっ……あぐぐっ……。

 携帯電話の先から聞こえてくる音は鮮明だった。鞭がしなり、女の軀が波打ち、たわみ、のたうつ姿がはっきりとあなたの目の中に流れていく。

 ビシシッ―――
 うぐっ………うっ、うっ……ああっ……………

 それは妻の声なのだとあなたは思った。
 糸を引くような嗚咽にあなたは妻を感じた。見えない妻が、あなたの妻として迫ってくる。

 ビシッ、ビシッ、ビシッ――――

 鞭が振り降ろされる規則的な音が、あの男の冷酷さを示すように響き続ける。
耳をふさぎたくなるような妻の喘ぎ声だった。あなたがこれまで一度も聞いたことがない、妻の赤裸々な自白のような嗚咽。そこに絡んでくる男の気配といくつもの濁った鞭の音。鞭が妻の肉肌を喰い絞める音、鞭が撥ねる音、妻を縛った縄が軋む音。それらの音は冷酷に濃縮された妻の物憂さを秘め、まるで生木の樹皮をナイフで切り裂き、樹液を滲み出させるような音としてねっとりとあなたに絡んできた。

不意に鞭の音が止った。音が途絶え、沈黙が流れる。次の瞬間、ベッドがギシギシと軋む音があなたの耳奥を刻み込んでくる。

 あうっ……あっ、あっ……………。

妻の高揚した喘ぎ声だった。それは間違いなくあの男が鞭で打ち添えた妻を犯している様子を想わせた。妻の軀(からだ)の粘膜を鋭く尖った刃物で刺しつらぬくような幻影があなたの胸を締めつけていく。明らかに妻は、あの男との交わりによって狂い悶え、底のない痙攣によって高みに導かれていた。
 あなたは携帯電話を耳にあてたまま、しだいにズボンの中のものが堅く、伸びあがってくるのを感じた。それは無意識でありながら、まるで電話の先の妻の嗚咽があなたのものを愛撫しているような甘美な感覚だった。
 男の強靭な腰が妻を突きたてる断続的な音が聞こえてくる。妻の白い腿のつけ根を割った男のものがあなたに脳裏に描かれ、それは無為のまどろみとなる。途切れることのない男の腰の蠕動を想わせる音に絡みついてくる妻の嗚咽は、少なくともあなたの記憶にない妻の生身の肉奥から搾り出されていた。
ふたたび電話の中のすべての音が途絶える。そして聞こえてくる慄いたような妻の喘ぎ。それは男が煙草の火を妻の太腿の内側の肌に押しつけようとしているに違いなく、次の瞬間、あなたは手にした電話を裂くような妻の悲鳴とともに烈しく射精したのだった………。



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