田舎暮らし2-1
やはり夜になると静けさは都会とうって変わる、脇を流れる谷の音、山間に響く鹿の鳴き声 いくは これまで体験したことのない夜を迎えることとなった。
しかし夫と交わした約束もあり、弱音をはくまいとラジオを聴きながら布団に潜り込んで一夜を明かした。
朝を迎え、辺りが明るくなるとほっとした気分になった。
昨日買いだしてきた具材で朝食を作り、ほっとする間もなく部屋の整理から洗濯まで昼近くまで働いた。
「ごめん下さい」
「は〜い」いくは急いで玄関に出た。
鬼塚である、籠に詰まった山菜を取り出すといくに差し出した。
「どうぞ、今朝採ってきた山菜です」
すっかり無精ひげも剃られ見違えるほどであった。
「ええ、こんなに頂けるのですか?」
この季節は山菜の時期である、ワラビ・コシアブラ・ゼンマイ・タケノコなど少し山に入れば手に入る。
「これ何ですの?」
いくは見慣れない山菜を取って尋ねた。
「これはコシアブラといいます、天婦羅にしたら旨いです」
いくは料理は得手なもの、しかも新鮮な山菜を見て喜んだ。
「ありがとうございます、お隣ですのでこれからもよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ何でも申し付けてください、少し不便なところですので案内しますよ」
鬼塚は一礼して帰った。
(鬼塚さんって凄くハンサムで素敵な方・・・)
いくは髭を剃り精悍な顔とスラリと伸びた背の鬼塚にトキメキを覚えた時だった。
スマホでコシアブラを検索してから早速昼の食事の支度にかかった。
手際よく天婦羅を上げると塩を少し降りかけて口に運んだ。
「美味しい、こんな山菜初めてだわ」
初めて口にしたいくは思わず満面の顔をつくった。
「そうだ、この天婦羅鬼塚さんに届けよう」
いくはエプロンをとると鬼塚を訪ねた。
丁度鬼塚は庭の脇で薪を割っていた、軒下から随分と積まれた薪の山に驚いた。
「先ほどはありがとうございました、コシアブラの天婦羅お持ちしました」
「おいしかったですか?」
「ええ、とっても美味しかったです」
いくは鬼塚の額から汗を拭う顔を見てすがすがしさを覚えた。
「じゃあ頂きます」
「器は後程頂に上がりますので、このままどうぞ」
まるで初恋ににたトキメキを感じた。
「この薪いつも焚いてるんですか」
「ほとんど燃料は薪です、囲炉裏もありましてね、そこで時々煮物もします、でも一人ですから余ってしかたありません」
「そうですの、もったいない」
そうした会話がいくにはここに来て初めてである、都会では隣近所とよほどでない限り会話することもなく夫を待ち、巣立った子供たちとスマホで会話するぐらいである。
「また来てください、猪鍋でもご馳走します」
「そうですの、楽しみです」
昨夜とまるで違った気分で過ごすいくは夫より鬼塚の事で頭がいっぱいになっていた。
夫から時々国際電話がかかるが、長話することもなく電話を切った。
一方、田中始はその後も時々いくの元を訪ねていた。
市の職員ということもあり、いくの家に入っては何かと様子を伺いに来た。
それは田中の意中はいくである、あった時から思いを寄せ妄想の中でよからぬことを思っていた。
あの白いセーターで役所を訪れた顔が色っぽく、この辺りではいない存在に見えた。
「下条さん、何ですが隣の鬼塚さんはどうですか?」
「いい人ですよ、素敵な方がお隣でよかったですわ」
鬼塚の事を尋ねた時のいくの笑顔に田中は嫉妬していた。
「そうですか・・・でも気を許してはダメですよ、相手は今はヤモメ男ですから」
「フフ、もう田中さんたら大丈夫ですよ、こんなおばさんですよ」
いくは呆れたように言いつつも、そんな目で田中が見ていてくれたことにまだ女として見てくれたことが嬉しかった。
田中は家の中に干されているいくの下着などをちらりと見て帰っていった。
七月に入ると一斉に林の中は騒々しく蝉が鳴き始めた。
田舎とて気温は連日30度を超していた、窓を開け放し風鈴を軒先に吊るして涼をたしなむ、やはり風流な過ごし方である。
ある日、鬼塚は大きなスイカを持っていくを訪ねた。
「下条さん、此処に置いてくよ」
そう言って家を出ようとした時、いくが急いで出て来た。
「鬼塚さんスイカね・・ありがとう私食べたかったんだわ」
「丁度良かったですね、冷えてますからすぐ食べれますよ」
「ご一緒にどうです、おあがり下さい」
いくから初めて出た言葉であった。
「縁側で結構です、ズボンも汚れてますし」
そんな気使いもする鬼塚である。
スイカを食べながら二人はまるで恋人のように会話が弾んでいた。
「鬼塚さんは毎晩お風呂焚いてるのですか?」
「いえ、時にはその谷に出て水浴します、なにせ野蛮人ですからハハハ」
「男性はいいですよね、そんな事できますもの」
「あなたもどうです?」
「それは・・・恥ずかしいです」
「大丈夫です、ほとんどあの谷には人きませんから」
「でもあなたに見られたら恥ずかしいですわ」
「そうですね、あなたのような美人一度覗きたいですからねハハハ」
快活に笑う鬼塚は本音とも冗談と言えぬ言葉を残した。
いくの心は複雑であった。
田中はアパート住まいである、30歳の男盛りであるがまだ未婚であった。
いくに会ってから当然であるがムラムラと湧きおこる欲望にさいなまれていた。
持ち帰りの仕事を済ませると8時を回っていた、冷蔵庫からビールを取り出し飲み干すと電気を消して布団に寝転んだ。
いくの顔と裸体を妄想してパジャマのズボンを引き下げた。
すでにビクビクと反り上がったペニスは手に握られた。
「いくさん・・」
妄想で浮かぶいくの裸体・・・白く浮かぶ裸体といくの唇が相まって田中を煽る。
「うう・・・」
暗闇に蠢く影と声・・・いくはそんな田中を知る由もなかった。