トレーニング開始-1
次の日の放課後、中園さんの家の前にやって来た。
中園さんに言われた通りランパン、ランニングシャツをちゃんと着てきた。
インターホンを押すと中園さんが出て来た。
「やあ、ヒロキ君よく来たね。約束どおりランパンにランニングシャツだね！感心感心。」
「はい！これを着てこいって言われましたから」
「うん、それでは早速トレーニングを始めようかと言いたいところだが…」
中園さんが俺の身体を頭のてっぺんから爪先まで舐め回すような視線で見回している。
「な、なんでしょう？」
「私はね、長年の経験から汗の匂いとか体臭で、その選手が今不調なのか好調なのかわかるんだ。不調の時には不調を回復させるトレーニング、好調な時は能力を伸ばすトレーニングと選手の体調に合わせてトレーニング方を変えているんだが…」
「汗とか…体臭ですか？」
「ああ、そこでだ…君の今の状態を知るために君の匂いをチェックしたいのだが…」
「え？僕の匂い！？︎」
「大丈夫恥ずかしくはないよ。これは君を成長させるために必要な事なんだ。」
「わ、わかりました」
「よし、じゃあまずは上から順に匂いをチェックしていこう。恥ずかしかったら目を瞑っていなさい。」
「はい」
中園さんが俺の頭に顔を近づけてきた。
「うーん、ヒロキの髪はシャンプーの良い香りがするね。」
「あ、ありがとうございます…」
「じゃあ次は首筋を嗅いでみよう」
中園さんの顔がどんどん近づいてくる。
「すぅ〜〜〜〜」
「どうした？顔が赤いぞ？」
「いえ！なんでもありません！」
「あまり汗の匂いはしないな…今日はあまり汗をかかなかったか？」
「はい！今日は練習が早く終わったんで」
「そうか、それじゃ腕を上げて腋を見せてごらん」
「え？え？」
「ほら、早く」
俺は言われるままに両腕を上げた。
すると中園さんが俺の腕の付け根辺りをクンカクンカし始めた。
「スン……スン……」
中園さんが鼻息荒くなっている。
「ヒロキ君の腋は甘酸っぱい良い匂いがするね…はあはあ…」
「そ、そうですか？ぼ、僕の調子は分かるんですか？」
「もちろんさ、良い匂いだが余り調子は良くなさそうだな…ふむ」
「あの……僕……」
「心配しなくていいよ。これから私が調きょ……いや君を鍛えてあげるからね」
「はい！よろしくお願いします！」
「腋の匂いだけではまだ分析の精度は30%だな。より正確に分析するためには他の場所もチェックしないとな」
「他の部分ですか？」
「そうだ。次は足だ。ここも重要なポイントなんだ。」
「わかりました」
「じゃあ足を出しなさい。靴下は脱がなくていい。」
「はい」
俺は右足を前に出した。
「うわっ！くっせえ！」
ヒロキの靴下からツーンとする刺激臭が漂ってくる。
(こんな爽やかな美少年でもこんな匂いがするのか…)
「足の指の間も念入りに調べないとな……」
中園はヒロキの足の裏に自分の鼻を押し当てて思いっきり匂いを吸い込んだ。
「スゥウウ〜〜ハァアア……フッン……クッサイねぇ…納豆みたいな匂いがする。」
ヒロキは顔を真っ赤にして俯いている。
「足の調子もあまり良くないな。まだ精度60%てとこだが今日はこれくらいで良いだろう。」
本当はヒロキのランパンに顔を埋めて匂いを嗅ぎたかったが初日で飛ばしすぎて警戒されて次の日から来なくなってしまってはお楽しみはそれまでだ。
焦ることはない…ゆっくりヒロキの信頼を得ていかなければ。
「短距離走ではスタートダッシュを強化することが大切でだ。特に100mではスタートダッシュに出遅れると、大きくタイムを落としてしまうからスタートを速くすることは欠かせない。スターティングブロックを使ったクラウチングスタートに慣れてなくてスタートが遅いという人が多いが、しっかりと練習でスタブロを使ったスタートに慣れることが大切だ。これだけでもタイムが良くなるはずだよ」
中園は本で調べた知識をそれらしくヒロキに披露した。
「はい！頑張ります！中園コーチ！！」
ヒロキは目を輝かせ中園に尊敬の眼差しを向ける。
「よし、それではここまでだ。明日もまた同じ時間にここに来るように。」
「はい！！ありがとうございました！」
「あ、１つだけ。私からトレーニングを受けてる事は誰にも話してはいけないよ。」
「どうしてですか？」
「それはね私ほどの世界的な選手からコーチを受けたらお金はどれくらいかかると思う？私はね君には見込みがあると思ったから個人的に無料でコーチを引き受けたが、君がこの事をしゃべって噂になり、私の会社やマネージャーの耳に入ればどうなると思う。きっと君から…いや君の両親からコーチング料をしっかり取れって言い出すに決まってる。しかも目玉が飛び出るような金額だ。とうてい君のご両親が払えるような金額じゃない。そうなると君は私からトレーニングを受けられなくなるんだよ。」
「そんな……分かりました。絶対誰にも言いません。」
「良い子だね。これは君のためでもあるんだ。」
中園はそう言ってヒロキを送り出した。