『果穂〜濡れた笑みをあなたに〜』-2
「俺ってさ、好奇心に素直だから」
トランクスの中央部を大きく膨らませた誠が、おどけた笑みと呼ぶには余りにいやらしい顔付きで、果穂を見下ろす。
「いやいや、ホントだって。初めてだよ、こんなの買ったの。」
中途半端な照れ笑い。ピンクローター。小さな卵。伸びたコード。誠の右手にスイッチ。裸の果穂にヒヤリとした寒気が走る。何か違う…そんな戸惑いに、肌の熱が冷気に奪われていくのが分かる。窓の外。降り積もった雪。
「果穂、な、いいだろ？試してみるよ…」
押し付ける様なキス。低い振動音が誠の1DKの部屋に響く。低い振動音が果穂の乳首に近付いてきた…。
乳首の周りを誠の手によって、ピンクローターが走る。味わったことのない振動が、
果穂の乳首をくすぐる。
「どう？……いいだろ？」
口元を緩め、誠が果穂の目を伺う。
一瞬漏れそうになる喘ぎを飲み込み、果穂は誠を見上げ頷く。乳房。乳輪。乳首。ピンクロータは触れるか触れないかの微妙な距離を保ち、ゆっくりと降りていく。腹部で一度大きな円を描き、果穂の薄い茂みで音を立てる。
「大丈夫だから…」
何も言ってない。何も反応してない。なのに誠は一人そう呟く。ピンクロータを持っているために、誠は肘を使って果穂の足を開く。ゴクリと生唾が誠の喉を鳴らした。
“楽しまれてる…”
果穂の中で小さな疑問が広がっていく。誠のことは好き。セックスだって嫌いじゃない…いや、むしろ好きな方だ。でも、誠とのセックスにいつも感じていた違和感があった。そう…それが今、分かった気がする。唸りを上げてクリストリスに触れるピンクローター。一瞬、背中に走る電流。しかし、波が引く様に果穂の意識は冷ややかに現実を、見る。目を開け、誠の頭部を直視する。幼児が積み木で遊ぶように、果穂の性器にピンクローターを押しあて、嬉々とした表情を浮かべる誠が、“そこ”にいる。記憶が感情へと変わる。“違和感”が“嫌悪感”へと変わる。
「な、いいだろ？やっぱ…感じる、だろ？」
誠の低い声が“下の方”から届く。そう…誠とのセックスは、いつも誠が自分を満たすためのセックスではなかったか？果穂は記憶は辿る。リードされてる、そう思っていただけ。誠の要求は何でも受け入れてきた。口戯で果てさせたり、淫らな言葉も嫌々口にしたこもあった。求められる体位は、全て叶えた。しかし…誠とのセックスで、絶頂を迎えた記憶はない。果穂が望む愛撫を心ゆくまで受けた記憶もない…。そうだ、誠とのセックスは、誠のためだけに存在している…。そこに、思い遣りも気遣いも感じたことは、ない。果穂の中で“確信”が組み立てられてゆく。
感情が冷めてゆく。後を追うように、秘部の湿りも乾いていくのが分かる。
「良くない？あれぇ…ここかなぁ」
誠がぐいぐいとクリトリスにピンクローターを押し付ける。振動が恥骨に当る。
「果穂ちゃんは、やっぱりこっちが好きなのかなぁ」
おどけてみせる。作り笑い。誠は自身の指を差し出す。強引に果穂の“中”へ射し込む。乾いた性器が…痛い。
「もう、やめて！」
飛び起きる。顔を見合わせる。睨みつける。真ん中から髪を掻き上げ、ひとつ大きな息を、吐く。言葉もなく慌てる誠に憎悪すら抱く。ベッド脇に落ちた下着を取り、果穂は帰り支度を始める。誠と視線を合わせないまま…。
「ごめんよ…なぁ、ごめん！って」
裸のまま誠が手を合わせ頭を下げる。力無く垂れ下がったペニスが、果穂の苛立ちを助長する。ミニのタイトスカート。腰骨辺り。ファスナー。鞄を持ち、玄関へと進む果穂。
「果穂！」
誠の声が背中を被う様に響く。振り向かない。靴を履く。涙がひとつ、落ちてゆく。ドアを開け、廊下を小走りに進む。堰を切った様に涙が溢れ始める。
「違う…違う…」
言い表せない感情。低く重い雲。細く冷たい雨。濡れた前髪が視界に入る。大きな通り。走り去るバスが霞んで見える。足下に影もない、夕刻。ヘッドライトが濡れた路面を淡く浮かばせていた。