魔女車掌サリーナの狂乱-1
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「それで正直キュンときたわー。駆け落ちとか、実際にはアレだろうけど、それはそれでロマンだしー」
サリーナはシュークリームを食べながら、アヤにノロケている。
ここは駅職員の居住スペースで女子個室部屋の間にある、ソファと机を並べた談話スペースだ。よく女たちはここで飲み物やお菓子を摘みながらお喋りし、水母天使の駅長もテレビ電話の内線でたまに混ざるのが常だった。
「「サーシャのためだったら何でもする」なーんて」
両手で頬を押さえてサリーナはうっとりとした顔。この年がら年中飢えたヤリマン美女がここまで入れ込んでしまうとは、よほど海月は真剣一途なのだろうか。そもそもサリーナの場合には愛情欲求がもつれて素行がアレだった面がなくもない。
(サリーナさん、元気になって満足そうで良かった。いつもどっか寂しそうで、見てて可哀想だったもの)
半分くらい共犯(?)であるアヤは興味深げに頷いて聞き入っている。
最初はミスマッチかと思ったものの、案外にシックリシッポリであるらしい。
サリーナからすればオトコへの愛と本能欲求と母性充足を同時に満たしてくれる上、海月は容姿も悪くはなく性格も許容範囲だから(しかも親しいアヤとカリーナの血縁者)、この上なくグッドだとか。
そもそもがサリーナの内通行為によって、海月との行為は隣り部屋のアヤに筒抜けになっている。最初はサリーナの内線携帯電話からの垂れ流しで、今では早急に専用の覘きカメラまで設置した徹底振りなのだ。
女どもはある種の共謀にかけては男など及びもつくまい。そして「姉貴分として先祖として」その情交の有様は、アヤによって面白半分に観察チェックされ、彼女の指遊びのオカズになっている秘密の裏事情がある(サリーナもまた楽しんでいるようだ)。
二人の女はお茶とお菓子でガールズトークにニヤニヤと花を咲かせる。
「初めての女で、のぼせちゃってるんでしょうか。サリーナさん、美人だし、メトロの幽霊だからお互い歳もとらないですし、ちょうどいいのかも。あのバ海月(ばかげつ)なんかで楽しんで貰えたら嬉しいです」
しかもあまり言いたがらないが、アヤにとってもちょうどいい自慰のための興奮材料なのだ。海月は子孫であるだけに、違う人間ではあるものの、愛兄のリクと姿や声が似て感じられることも多い。アヤ自身が海月をそういう行為や欲望の対象にしようとは思わないけれども、見物して楽しんだ上で、サリーナや磨乃との雑談の肴にするのも悪くはない。
まさしく二人の女にとって、海月は完全に「玩具」であった。
そして内容があって意味のない、喋ってコミュニケーションすること自体が目的の歓談が数十分続いた頃に、サリーナの携帯電話(駅の内線端末)が鳴る。
電話の主はコアラだった。
「ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「ふぁい?」
「この間捕まえた、捕虜の訊問の続きなんだが」
異次元メトロの世界では、国同士やヤクザの組や企業のように、「駅」同士での競合や抗争がある。
「りょーかい、すぐ行きますよ」
サリーナはどちらかと言えば上機嫌に、アヤにウインクして席を立つ。
「おしっ! だったらここは女王様復活!でビシバシやったげるわ! アヤちゃんは、ドイツ・ナチのSS(親衛隊)とKGB(ソビエト秘密警察)と、どっちのスタイルが良いと思う? かっこだけの話なんだけど」
「うーん、どうなんでしょう?」
アヤは曖昧な笑顔を浮かべている。
どちらをモチーフにした女王様コスプレだろうと、どの途に捕虜がサリーナから訊問で鞭打たれることに変わりはない。しかもそれは厳密には拷問ではなく、変態趣味の捕虜への特別サービスという建前やジョークになっているようだ。
2
女王様スタイルの網タイツにナチの帽子をあみだにかぶって乗り込んだ最地下の拘留施設で、サリーナを待っていた捕虜は意外な人物だった。
「パパ?」
サリーナの動揺はもっともであった。
鎖で手を吊るされていたのは、彼女のロシア人の父親だったからだ。
かつて地上の世界で生きていた頃に「ヤクザに殺された」云々の嘘情報で煙に巻き、ロシアにコッソリ逃げ帰っていた男。嘘を信じたサリーナは復讐に走り、トカレフ拳銃を乱射して(以下略)。
3
あのときサリーナはヤクザに捕まって集団で制裁され、まず手始めに十人くらいで二十回くらいは激しく輪姦された上、その後で改めて殴る蹴るの拷問に晒された。
集団レイプくらいで済むわけがなかったのだ。裸にされて両脇から支えられ、お腹を何回も殴られて苦痛のあまり嘔吐して、さらに髪を掴んで横っ面を張り飛ばされた。お腹を殴られるのは地獄の苦悶で、内臓破裂や子宮が壊れる恐怖もあったし、顔を殴られるのも女として恐怖で、鏡で痣になって腫れた顔を見せられたときは死にたくなった。密かな自慢だった真っ白い巨乳に煙草の火を押しつけられたときは熱さで失禁してしまった。
そんなときだった。
パパについての事の真相を聞かされたのは。
「お前のパパは死んでなんかいねえ。あいつはロシアのスパイで、裏社会の抗争で死んだことにして逃げたのさ」
最初は信じられなかったけれど、嘘を言っているとも思えなかった。
その意味を理解したときにはもう遅く、サリーナはとっくに嬲り殺しにされることが決まったようなものだった。パパを恨んでも遅かったし、なんだか全てがどうでも良くなって、何もかもが無反応になった。
ヤクザの外道な男たちは面白くなかったし、そんなもので済ませる気などなかった。