亡き妹アヤへの手紙日記(前編)-3
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「膝枕、してあげる」
懐かしい声に誘われるままに座席に丸まるように横になり、頭をアヤの腿に預ける。
「リク兄は年上なのに、甘えんぼさんだよね」
スカートの上からでもわかる柔らかさ、そして頭に添え触れた手。
こんなときの彼女の声や様子は、どこか静かに勝ち誇ったような落ち着きを湛えているのだった。愛する男を虜にして愛を与えている満足感がそうさせるのか。
「おっきな犬や猫みたい」
たった三年前までは日常ですらあったのに、遠い昔の出来事のようで、つい昨日のことのようにも思える。
兄と妹の親密さと恋愛感情がゴタ混ぜに同居して、奇跡なのか夢なのかわからない再会の中、相乗効果で無条件の多幸感が胸を満たすかのようだった。それからアヤが暗に仄めかすような、潜在的なマザーコンプレックス。
二人は「兄妹」だけれども、父親こそ同じであれ、実は産みの母親が違うのだ。
そしてリクの実母はもうこの世におらず、アヤの母が今も義理の母である。どうやらリクの実母の生前から「愛人」関係だったらしいのだが、あの真面目そうな親父のことだけに俄かには信じられなかった(リクの母とはお互いに知っていたそうで、聞くところでは物心つく前にリクが風邪で死にかけた時、手を尽くして救ってくれた恩人でもあるらしい)。
だからリクとアヤが同居したときにはとっくに小学校の中高学年だったわけで、最初の感情は赤の他人みたいなものだった(アヤが言うにはそれ以前に何度か面識はあったそうだが)。第一に小児科医の義母のことは必ずしも嫌いではなかった(むしろ「どうしてこんな良い人が親父如きと浮気の愛人関係なんか」と思うし、ずっと敬慕の念すらあるほどだ)。
それでもやはり子としては内面の葛藤がなかったわけでもない。
おまけに最初はアヤのことを「再婚した義母の連れ子」で「義理の妹分」だと思っていたわけで、まさか自分と半分でも血が繋がっているとは流石に知らなかった事情がある(実母の生前からの、親父の浮気・二股のことなぞ知る由もなかった)。大人の世界の真相をハッキリ知らないままに何年間かを過ごし、その間に子供たちの関係が変な具合に拗れてしまったのだ。将来に何の支障もないのだと、無邪気に思い込んでいた。