Be another humen(前)-1
そして案の定、アリスの水族館での期間勤務の話は今回は不可能になってしまう。とはいえ、カーラが再び家政婦勤務することの妨げにはひとまずならなかったのが救いだ。
それでも義理の姉妹のようなアンナに連れられて地球の水族館を見て廻るのは、それはそれでアリスには素晴らしい体験だった。メールでの文通もしていただけに、こうして直接に話をする機会を待ちわびていたのだから無理もない。
「小さい頃、離婚する前の、パパに連れて来てもらったのよ。私には「良い思い出」ってことね。それで水族館で働きたいと思ったんだけど、大きな魚とか、肉食の鮫もいるし。あと、水中でショーをやることもあるから。だからそういう水中作業とかで、けっこうホムンクルスやアンドロイドの需要もあるのよね」
アンドロイドならば、姿形は人間とほぼ同じでも、水中でも行動しやすい。何より大型の酸素ボンベを必要としないし、体力的にも有利だったりする。ホムンクルスの自治的な基地の代表的な幾つかが海中にあるのも、それが主な理由である。
「ショー? 踊ったりですか?」
「うん。季節限定で、短い劇とかをすることもあるわ」
「でも、人間の役者さんたちが怒って、専用のアンドロイド反対とか」
「うーん、そういう問題もあるわねえ」
実際のところ、アンドロイドが普及すれば、人間の単純労働やルーティンワークはそちらに奪われがちになる(これは登場の初期から指摘されていた)。導入コストなどの面で安く上げるために人間の労働者が使われ続けることも多いが、目的が目的であるだけに低賃金労働の温床になっているという別の問題もある。それだけでなく自我を持ったホムンクルスが登場したことで、よりいっそうの複雑さが加わって紛糾の度を増していた。
「あの、そちらの方は?」
話しかけてきたのは、ホムンクルスらしき小太りの男性だった。
「もし良かったら、こちらの署名にサインを」
それはホムンクルスの自治拡大と権利尊重の強化を求める署名運動らしかった。
アリスはふとアンナの顔を見る。男性はそれを「人間に忖度している」とでも受け取ったらしく、にわかに不快そうな様子になる。けれどもアリスからすれば、それこそが「わかっていない」ということなのだ。だからアリスは逆に訊ねた。
「あなたは月のデトロイトに行ったことはありますか? それか、海底のホムンクルスの街でも」
「いえ。自分は工場の勤めなんで」
「私たちは「人間じゃない」」
「そう! それですよ!」
アリスの言葉で男は「我が意を得たり」とばかりにまくし立てようとするが、機先を制してアリスが頭を左右に振った。
「だから「わかってない」んです。私たちは人間じゃなくって、ホムンクルスっていう「別のもう一つの種類の人間」(another humen)なんですよ。それに何から何まで全く全部を無理に「ホモサピエンスの人間と同じ」にして、何かそれほどのメリットがありますか? 盲点ですけど、その発想が実はナンセンスなんです」
「そんな負け犬根性で、諦めたようなことを」
「私は月のデトロイトから里帰りの旅行で来てるんですけど、月で私たちが人間に必要とされるのは、私たちが「ホムンクルスだから」です。違いを活かした分業体制で協力して、どうにかこうにか宇宙で生活してるんです。しょうもないファッションや気取りや趣味で権利だなんだで喧嘩しだしたら両方とも破滅なんですよ!」
やや色をなしたホムンクルスの男性に、アリスは冷静に語った。彼女はこう見えても稼動歴は案外に長く(おそらくこの男性より!)、メンタリティも二十程度に再調整してある。見た目こそはこんなふうであっても、農業プラントで人間の宇宙都市に供給するための農作物の栽培を担当している「宇宙農学博士」の一人である。
「「地球の人たち」はそーゆーことがわかってないから、ただの趣味のワガママでバカな争いばっかりするんです。スポーツやってて、味方の選手にタックルしますか? そんなこと、しないでしょ? お互いに相手のこと考えて動かないと、「宇宙の驚異と過酷な自然環境」に負けて死ぬんですよ、わかりますか?」