暗黒司祭とカリーナの帰還-2
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「そうか、良かったなヴァカ」
コアラはユーカリの葉を噛んで、露骨なまでに侮蔑と愚弄の眼差しを送る。
暗黒神父のジョルジュ君はさりげない罵倒をものともしない。
「あまねく陵辱する暴虐の至高神は流血と惨事による供養をお求めであらせられ、犠牲の獣として飼育されるのみ。ゆえに犯罪者とは神聖な司祭であり、暴力と陵辱と犯罪こそは正しく神を祭る儀式なのであります。
その理を理解・予示したのは、マヤ・アステカの人身御供する神官たちでありました。土人でありながらコカの麻薬の霊妙なる真髄を理解し、聖典「ポポル・ヴフ」の「切り開く」の精神で生贄の胸と腹を切り裂き、血塗れの心臓を供養して、奇しき形の肝臓を賞玩するのでありました! その魂は南米とメキシコの凶悪なマフィアに受け継がれ、犯罪と暴力が溢れるのこそは、人の命の真価なのです!」
病んだ愉悦と暗黒歓喜の面差しで開示されるコンセプトと思想は前衛の極みで、組織や集団として水母天使駅のグループとは隔たりが明瞭である。
「だったら、一人で勝手にセルフ生贄の焼身自殺でもしてろよ」
「ええ、それはもう。とっくに「やった奴」は同士におりますよ。乱交オルギアと集団自殺を指揮した逸材で、信者の子供同士を檻の中で殺し合わせたりファックして、きっと彼の奉仕には神も暗黒宇宙で御慶びになられたはず。彼のような秀でた逸材はすぐに頭角を現すものですし、早くも助祭になっておりますけれど」
毒づくコアラと狂った暗黒司祭が睨みあっている(元アメリカの日系人警官とフレンチのカルト犯罪者なので、過去の因縁があるのか?)。
横でやり取りを見ている鵺はニヤニヤと、ちょっとだけ邪悪に面白そうな笑顔。
捕虜たちはいずれも禿頭に色青ざめて、眼差しなどからも暗黒司祭だとわかる。ただしその服装はボロボロになっていた。引渡しを受けてジョルジュ君はこう言った。
「メルシィ・ポークー! 世界が「蕩尽」されますように! 世界と歴史とは神による永遠の虐待行為なのであって、マゾヒズムとサディズムこそが道理、嗜虐と劣情と欲望と淫乱によって廻り続ける輪廻ダルマの火の車だからなんですよ! 「生命の本質は侵略と搾取」だとニーチェ大先生もおっしゃっております」
「テメーが地獄に落ちますように! バック・トゥー・ダークネス(暗黒の世界に帰れ)!」
コアラは中指を立ててユーカリを噛む。
そして鵺はシュールに笑うような顔でこう言った。
「やはり次元が違うな。正真正銘の天才もといキチガイって奴は」
「ええ。お褒めに預かって光栄ですな。鵺君も、リンゴやポテトばかり食べてないで、そろそろ人間か犬の肉でも召し上がっては?」
「遠慮しておくよ。お前のストレートな素直さ・正直さは嫌いじゃないが、俺にとって犬は食用じゃあない。常識的に考えたら人肉より、食いつけてる牛・豚・鳥の方がいいに決まってるだろ?
それにどんな主張でも極限まで推し進めた狂ってくるけど、お前らの言うことも極端すぎてついていけない。どんだけ異常行為や変態を崇高視してるんだよ、宗教的な固定観念とかカルトの妄想じみてるぞ? 味覚異常の料理みたいだぜ?」
鵺は見慣れた旧知の問題児でも見る様子で返答する。
すると暗黒神父は儚くも狂気を孕んだ笑顔で「あなた方のことはお友達だと思ってますよ、我が同類のアミーチたち」と言い残しで、自分の列車車両に戻っていく。
コアラは「お前らなんかと友達になった覚えはない!」と吐き捨てる。
率直な指摘と言い草のやり取りは、このメトロのシステムや機構からすれば一面の真実ではある。相互に抗争する暴力団や国や企業などと同じで、都合次第(特に外敵との戦い)で味方陣営であったり、メトロ業務の利害や思想で敵対していたりする事情がある。