その愛は座薬-1
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ダブルベッドのあるホテル風の部屋で、たっぷり十五分は待たされただろうか?
リョウはコーヒー沸かしで上質らしき飲み物を飲みながらも、部屋の様子にただならぬものを感じてしまう。
一番の理由は大きな二人用ベッドだろう。
その意味するところを考えれば、リョウだって不穏な心境になってしまう。
しかも浴室のバスタブも二人で入れるほどに広く、しかも壁がガラス張りなので、ベッドのある部屋の中から丸見えなのである。
(これってラブホテルじゃないのか?)
はたして他の部屋までが皆全部同じとは限らなかったけれども、この部屋に関しては確実にそれ用途だとしか思われない。
しかもテレビをつけると白人の女が黒人のビッグコックを咥えている。外国のものらしく、英語ではない外国語を喋っている上に、ボカシすら入っていない。
リョウはいったん消し、しばらくしてまたつけた。
すぐ後に来るはずの莉亜がなかなか来ないのだ。
(莉亜、何してるんだろ? トイレとかかな?)
あまり急かしに行くのも堪え性がなさそうなので、待つことにする。
けれどもせっかく二人分入れたコーヒーが冷めてしまってきたようだから、莉亜用のカップの中身を飲み終えた自分のものに移し、もう一度淹れなおすためにお湯を沸かす。
やがてテレビのフィルムで、背後から挿入された女が喘ぎだした頃に、ドアが開いた。
数瞬遅れて気がついて振り返れば、そこには莉亜が立っていた。
「ぢゃんっ!」
目が覚めるようだった。水色の花柄の着物に濃いピンクの帯を締めている。
「着付けして貰いましたっ!」
輝くような笑顔でVサインするのは楽しげで嬉しそうだった。
もし「どうせ脱がせるのに」などと言うなら野暮というものだろう。そもそもそうなるとわかっているわけでもない。
第一、特に女の子からすればそういう気分は案外に大事なのだろうし、男のリョウからしたって一件の価値ある麗しい晴れの衣装姿であった。
(すっごく、綺麗だ!)
リョウは数秒くらいの間は黙って見蕩れてしまう。
思い起こせば病室の莉亜は着飾ることなどめったにない。だからリョウからしても入院服や部屋着のジャージ、パジャマなどの格好しか見たこともなかった。
いつぞやの見舞いのときには、莉亜が「新しいパジャマ」とやらを着て、髪を梳かしただけでなくカチューシャと香水まで着けて出迎えたことがあった。あのときはよくわからなかったが、今のこの着物を着てはしゃぐもう一人の莉亜のことを見て意味がわかった気がする。
あんな病院缶詰の生活をしていたって、女の子ならお洒落もしたいし、恋する男の子のリョウの前でめかしこんで少しでも自分が綺麗なところを見せたかったのだろう。
(そうだったのか)
しばし俯いて追憶するリョウは、聞き慣れた声で現実に引き戻される。
「なーに、そんなの見ちゃって」
莉亜の言葉でテレビに映っているものを思い出し、リョウが慌てて消そうとすると「いいよ、つけといて」とくる。
しかもリョウは莉亜の新しい魅惑にばかり気をとられ、そのすぐ後ろから入ってきていた人影に気づいていなかった。
「サンドイッチもお持ちしました。どうぞ」
あの受付の娘さんがお盆に載ったボリューミーな軽食を机の上に置いていってくれる。
弁解する間もなく「ごゆっくり」と言い残して部屋を出て行ってしまうのだった。
ともかく二人でコーヒーを飲みながらサンドイッチを食べ、しかも危うい映像をチラチラと鑑賞することになる。ハムとレタス、チーズやジャムなどの具が食べ応え十分で、シンプルながらに美味なので「おいしい」などといって、内心の動揺を誤魔化すことも出来る有難さもある。
その間にお互いのことをあらためてゆっくりと話すことも出来た。
「試験終わって、暇なんだ。もう近くの大学に行くのが決まったんだけど」
「そうなの? 実は私も……」
どうやらリョウは受験を終えたばかりのようなのだ。莉亜も自分が高校卒業の試験を受けたことを話したけれども、彼女のいた世界では秋に近かったはずなのだ。
「だったら、やっぱり季節がずれてたんだ。私のいた世界では秋の終わり頃だったんだけど、半年分くらい時間がズレて、今は春前だったんだね」
莉亜は漠然とした違和感を納得しながら、なんとなく親しみが湧くのを感じる。
それに自分に好意を持つ男の子から美しいものを見る目を向けられるのは悪い気もしなかった。もうちょいとサービスしてやるのもやぶさかではないし、もう一人の自分の望みを叶えてやるのも悪くはない。