サリーナとカリーナの朝-1
目を覚ませば、寝乱れたシーツの傍らに相方がいない。
まどろむベッドには女二人分の体温と体臭、裸の素肌を撫でるシーツは寝汗と昨晩の湿り気が残っているかのようだった。
メトロ職員用の居室はあの駅地下ホテルの一室に毛が生えた程度のつくりで(基本の間取りは大差なし)、寝室と繋がった台所と食卓スペースが付いているだけの、ワンルームプラスの部屋でしかない。ただそれでも文机やクローゼット(ホテルならば広いバスルームの一部になっているスペースに設けられている)、本棚などがあるだけに、かえって狭く感じられるかもしれない。
キッチンのある廊下戸口から、エプロン姿のカリーナが入ってくる。
「おはー、サリー」
カリーナはマグカップから湯気の立つカフェオレをサイドテーブルに置く。
「ん? ああ、カリナ。おはよ」
起き上がったサリーナはシーツを滑り落とした肩や胸が裸のままで、大人の成熟したたわわな乳房を隠そうともしない。Dカップの麗しい膨らみはいつもながらの秀麗さだ。
パパがロシアの白人だっただけに、彼女の肌は抜けるように白く、そして体型とボディラインは日本人離れしたグラマーさを誇る。肩まである髪こそ黒かったけれども、その瞳はコバルトがかった魔的な宝石のような色彩をしているのだった。
サリーナは抗争で殺されたパパの恨みのために、トカレフ拳銃を乱射した過去がある。
結果は推して知るべしで、数人を撃ち殺してヤクザの事務所を血風呂に変えたのと引き換えに、捕まって嬲り殺しにされてしまった。
あのとき憎悪と欲情に狂った男たちは文字通り、彼女の最高の女体を「嬲り」尽くし、入れ替わり立ち代り、限界を超えた過酷な連続陵辱で壊れるまで犯し続けたものだ。あれこそ生来の魔性が禍を招いたとしか言いようがない(「サキュバスの資質」とやらも良し悪しだ)。
たとえセックスアピールが強く淫乱な性分(?)であっても、そんなふうに一方的に好きでもない男(たち)から乱暴に肉玩具と精液便所の排泄用具にされるのは、流石にやられる本人は楽しめない。気に入った(気分が乗った)相手と承諾して性関係を持つのとは、行為こそ同じようでいても主観的には根本的に全然違う(正規顧客の殿方と、脅されて強盗されるのとでは、たとえ同じ品物を渡すのでも意味合いが全く違う)。
あれこそ女にとって究極の苦痛と屈辱、ただの最低最悪な汚辱の拷問で、過去のこととはいえ強烈にトラウマでしかなかった。思い出したり夢に見るだけでも、鳥肌が立って寒気に襲われるくらいなのだ。
だから今のメトロでの日常で、親友で相棒のカリーナの存在と戯れはとても癒しになる。とっくに二人寝のレズ行為はなくてはならないものになっていた。
色々な意味で、この妹のような同僚娘が傍にいるだけで心が安らぐ。ときたまに担当車両(ネメシス号)の乗客の男たちと束の間の逢瀬を楽しんで、絶望を癒す救いの女神様を演じるときでさえ、事後のもの寂しさを慰め埋めてくれるのはカリーナなのだ。
「ありがと。だけど」
まだ寝ぼけ眼のサリーナはカリーナの出で立ちにニヤッとする。
「その格好で外に出る気?」
「まっさかー」
カリーナは幼げの残る面差しで笑み返した。
何しろ、白いレースのエプロンの他に何にも身につけていない。これはほとんど部屋着のようなものなのだけれども、それでも通常はパンティやスパッツを履いているのに、起き抜けの今ばかりは小ぶりなヒップまでが丸出しなのだった。
彼女は父が日本人で母親は中国人だが、アジアン女性らしい慎ましい体つきで、目のクリッと大きい童顔と相まって少女のようにさえ見える(カリーナの場合にはそもそも「幽霊」になった年齢も若く、そのあとで一応は成熟・成人しても、そのことの影響も多分に残っている?)。
「そいったら、さー。今日って、マコト君の日だっけ?」
「あ、うん。そだねー」
栗毛のサリーナは寝ぼけ碧眼を擦りながら、休日の半分趣味となった日課を思い出した。