売人ヤクザを娘の仇で殺し続けるパパ-1
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乗客はサングラスにポップな服装の、チンピラ風の男が一人だけだった。
よくあるような地下鉄車両なので間違って乗り込んでしまったのだ。新たなる犠牲者が。
車間ドアがガラリと開き、サラリーマン風の眼鏡の中年男が入ってくる。
「お?」
一瞥したチンピラ男は我が目を疑い、思わず驚愕の声が漏れた。
七三分けの量産型サラリーマンは火炎放射器を背負っていたのである。軽くトリガーに指をかけると、青い炎がボ〜と燃えた。
しかも表情に狂気の笑みが痙攣のように走り、しかもチンピラを見るとニヤリ。
「おい、あんた? いったい、それ何だよ?」
「お前を殺すのは四人目だ。今日はバーベキューに焼き殺してやるッ!」
登場の時点で殺意は十分だった。
これこそがリーマン・ショック。大暴落的な破滅の精神的衝撃波が空間を貫き通して制覇するかのようだった。狂気の笑みの波動とオーラは最高潮に達し、場の空気の緊迫は瞬間湯沸しのような速度で緊迫を高めていく。
それは復讐と因果応報の成敗の予兆でもあったのかもしれない。ノイズ音が蚊のような唸りを立てて車内放送を開始する。
「赤コーナー、シケたヤクの売人でプロ犯罪者、金木昌男〜。青コーナー、娘を亡くした復讐の鬼(アベンジャー)斉藤昭彦〜!
しかも意味不明なことに、それはまだ若い女の子の声に違いなかった。
「本日の対戦、セコンドと立会いは私、ミス・ネメシスBこと、カリーナちゃんがお送りします」
しかもふざけて楽しんでいる様子だった。
チンピラの昌男君はとっさに隣りの車両に逃げようとする。
けれどもドアが開かない。
ふと見れば、窓の部分に人間ではない顔。
それは大型のコアラだった。ヤサグレた感じでハードボイルドな目つきをしている。
まるで噛み煙草のようにユーカリの葉をモシャモシャやりながら、親指で喉を切るジェスチャーを示す。「くたばれ」とでも言いたいのか。
背後を見ればリーマン斉藤が小脇に抱えた小型火炎放射器を、車掌服姿の少女の前に置いているところだった。
「宜しいのですか? 斉藤様」
それはあの放送の女の声だった。
こうして実物を目の当たりにすると小柄な童顔で、体つきも含め幼い印象がある。
「やはり慣れたやり方の方が確実だろう。ヤキを入れるのは最後でいいよ。こんな屑肉ステーキでも、適確な調理には叩いて筋切りが必要なんだよ」
斉藤氏は眼鏡を外し、少女車掌に手渡して預ける。獲物に襲いかかる前の野獣のような、穏やかな殺意を湛えた目をしていた。
車掌少女は通用口反対側の車両に引っ込み、ペコリと会釈してドアを閉めた。