決勝J女子100m自由形-1
100mバタフライで柴田真理子と激闘を演じた松村奈央はサブプールで調整すると、足早に100m自由形決勝の選手が集まる待機場所に向かった。このようにスケジュールの関係で忙しく動き回る選手時々いる。巨乳の選手が小走りに会場を動き回るとバストがゆさゆさするところが見られることがあるが奈央はそういうことがなかった。
予選で1位になったのは40歳のママさんスイマー小林日菜子。2人いる娘もスイマーで、小学6年生の長女・結菜は8月のジュニアオリンピックカップで日本学童記録(小学生記録)を打ち立てたばかり。かつて日本記録を持っていた母としては恥ずかしいレースをするわけにはいかない。そういう思いもあってかつての日本記録だった自己ベストに肉薄したタイムで予選をトップ通過した。
2位は1日目の50m自由形で優勝した川口ルリカ、3位は100mバタフライを泳いだばかりの奈央が続く。
スタート台からプールへ飛び込んだ反応は日菜子が一番いい。ルリカ、奈央がほとんど差がなく続く。更に、予選を8位ギリギリで通過した中学2年生の浅岡美優も食いついていく。実は、日菜子が一番気になっていた対戦相手はこの美優。来年には娘のライバルになるであろう相手と母親である自分が対戦しているのが新鮮だと感じている。ハイレグワンピースにまだ馴染んでいない美優はキックも腕のプルもいくらか空回りしているが、日菜子、ルリカ、奈央とほぼ対等に渡り合っている。
4人の差がほとんどなくなったところで50mのターン。ルリカがトップ、2番手日菜子、3番手美優、4番手奈央と続くが差はわずか0秒3しかない。ターンの後の15mを過ぎてルリカが抜け出しにかかるが美優がすかさずついていく。奈央、日菜子も離れていない。
残り25mになってもルリカはまだはっきりしたリードをとれない。一方でキックもプルもいくらか空回りしている美優の勢いが衰えてきた。変わってポジションを上げてきたのは日菜子。ルリカに並びかける。しかし残り15mでルリカがギアを入れ直したかのように頭一つ抜け出した。この勢いでルリカがトップでフィニッシュ。日本記録にはわずかに及ばなかったが自己ベストをまた更新することができた。ほどなく日菜子が2位でゴール、そして美優が3位で続いた。
「最後の15mくらいで一気に抜けたところでいけると思いました。50でも100でもいい泳ぎができたので満足です」
2種目制覇のルリカは笑顔でレースを振り返ったが、顔を少し赤らめながら
「この水着で記録が出ましたからね…。またレースで使いたいですね」
と、Fカップにぴったりと張り付いている黄色い水着を誇らしく見ていた。
「このタイプの水着が私の世代には合うのかな? うちの子はYou Tubeとかで私が独身だったころにこんな感じの水着を着て出たレースを見たことあるようですけど、実際見るのは多分初めてです。どう思ったんでしょうかね? 決勝のタイム、子どもができてから出したことないですよ。推進力がうまく伝わるような泳ぎができたとは思いますけど、ここまでうまくいったのはしばらくないですね」
50mでも100mでもしばらく出していなかった好タイムに日菜子はただただ驚いていた。
レース直後の会見が行われるミックスゾーンのすぐ上にあるスタンドに、結菜と次女の香菜(小学4年生)が所属クラブの関係者と一緒にいるのを取材陣の1人がみつけると3位になった美優のことに質問が及ぶ。日菜子はためらうことなく応える。
「今回の水着は若い子にとって慣れないものだったから浅岡さんを抜けたと思います。普段の大会だったら抜けなかったと思いますよ。泳ぎの伸びは凄かったですから。結菜には『中学になったら浅岡さんみたいな人がたくさんいるからまた頑張ろうね』って伝えておきます」
史上初といわれる世界選手権かオリンピックでの母子同時出場を夢見る日菜子だが、この質問に応えるときはすっかり母の顔になっていた。
「決勝に残れると思っていなかったのでびっくりしました。3位なんて信じられないです。何が良かったか悪かったか…よくわからないです。でも、凄い人たちと泳げたのは良かったです」
美優は大物相手に3位になったことも、レース後の会見に応じているというこの状況も、まだ夢の中で起きていることのようにしか思っていないようだった。