出会いと賭け-1
俺と美夜は言ってみればライバル、だった。
惰性で通い続けていた予備校に、大学受験の半年前になって急に入って来たのが美夜だった。
駅ひとつ向こうにあり、駅からも遠い、通うのが面倒な進学校から通っているという。
呆れ半分感心半分に見ていた直後の内部模試で、彼女はいきなり総合5位に入った。
文系では2位。
私立でがっつり受験勉強している俺の学校の文系クラスの奴らが軒並み抜かれていた。
3位の俺から5位の美夜までは、ほんの少しの差しかなかった。
(すごいのが来たな)
悔しがる仲間の話を聞きながら思った。
存在をきちんと認識したのはそのとき。
俺は理系クラスだったし、志望校も違ったから、特段接点を持つこともなかったけれど。
それに、高校生の美夜は、言ってはなんだが垢抜けない地味目な子だった。
細い黒髪は綺麗だったし、よく見ると端正な顔立ちだっけれど、眼鏡も分厚かったし、制服もサイズが微妙に合っていなくて野暮ったく見えた。そのときの俺には普通に彼女もいた。
だから、そういう風には見なかったけれど、順位表に「初瀬美夜」の名前を探し、自分の順位と比べるのが、その半年の習慣だった。
次に再会したのは、今の会社の採用面接。
グループディスカッションのため、班にわけられてみたら、目の前に座った顔に見覚えがあった。
「あ」
と、先に声を上げたのは美夜だった。
「〇〇予備校にいませんでした? 会ったことあると思う」
「今、俺も見覚えのあるなと思った」
「あ、覚えてもらえてたんだ」
ちらりと俺の名札に目をやる。
覚えていなかったのか、確認したのか。
「初瀬さん、営業志望?」
「うん、まあ。文系だし。橘さんは技術職の方じゃないのね」
「うん、この会社はね、営業で行こうと思って。話きいたら、営業の方が面白そうだからさ」
「わかる! 採用担当の人とか先輩の人の話面白いし、みんなかっこいいもんね」
「そうそう、仕事も幅広いし。ゼミの先輩が1人この会社にいるんだけど、すごい楽しそうなんだよな」
「へえ、いいなあ、気軽に話きける先輩がいて」
就活という共通の話題のせいか、美夜はよくしゃべり、よく笑った。
黒い美しい髪と白い肌は記憶そのままだったけれど、4年経って、目立たなかったそれは磨かれ、メイクの濃い他の女の子たちの中にあって、清楚な美しさを際立たせていた。
「良かったら紹介しようか。彼女ならOG訪問とかもたぶん受けてくれると思うよ」
「女の人なんだ。キャリアパスとかききたい! ほんとに?」
「うん」
「え、ありがとう! ほんとにお願いしていいの?」
「もちろん。連絡先教えてよ、きいてみて連絡する」
そんなやりとりを皮切りに、何度か就活の情報交換をして、友達としての付き合いが始まった。
件の先輩が俺の元カノだったことを知った美夜にあんな理想の人をフるなんて何様だと罵られ、向こうが仕事をはじめてから会えなくなって、その間に親しくなった別の女に乗り換えたと口を滑らせたときには軽蔑の目を向けられた。
「私はしばらくはバリバリ仕事したいから、理解してくれる人じゃないと無理だな。
橘くん、サイテー」
だから前の彼とも無理だったんだけど、とぼそりとつぶやいた美夜の哀しげな顔が、妙に頭に残っている。
結果として俺たちは同じ会社に入社した。
営業部で研修が始まると、俺たちのライバル関係は明確になった。
点数のつくものは俺か美夜のどちらかがトップだったし、俺と美夜が配属された部署は、エース級の新人が置かれることが半ば公認化している部署だった。
美夜は前につぶやいた言葉通り、仕事がしたくてたまらないようだった。意欲も能力もあった。自分が優秀であるための努力を惜しまなかった。
そういう美夜が、眩しかった。
仕事はした。努力しないと美夜に勝てないから、努力もした。
努力してもかなわない時もあった。
「初瀬、来月勝負しよう」
ふと提案したのは、単なる気まぐれだった。
「勝負?」
「ああ、互いよりでかい契約取れた方が勝ち、負けた方は買った方のいうことをなんでもひとつきく」
「なあに、それ」
美夜は呆れたように笑った。
でも、俺が答えを待っていると、いたずらを思いついた子供のような顔で答えた。
「わかった、いいよ。私が勝ったら高いお酒奢ってもらおうかな」
「よし、成立」