深夜のオフィスで (2)-3
ともあれ麗美は私の中で、妻を除く「オナニーのおかずランキング第一位」であり、ゆきが表情を険しくするのは、女の勘としてまったくもって正しい。
麗美はクールでサバサバした性格の美人、なのにときおり見せる笑顔はドキッとするほど甘くて可愛らしい。もともとがゆきよりも幾分グラマラスだった体型は、人妻となりさらに色気をまとい始めた。大学時代密かに思いを寄せていた時期があったことは今もって妻には秘密である。私の気持ちに麗美も気がついていた節もあったが、避けるでもなく接してくれたし、実はデートらしきことも幾度かしたことがある。結局私のヘタレな性分とタイミングの問題で付き合うことはなかったが、そんな甘酸っぱい思い出のある女性の名前をバカ正直に出すとは文字通りバカだった。
「なに? なんなの……!?」
まるで汚物を見るような妻の視線。
「パパって……麗ちゃんでそういうことしてるの……?」
「あ、いや……その……」
このままではまずい。どうしよう。今さら否定しても逆効果。そうだ。もっと別の女性の名前を挙げて印象を薄めるのだ。早く、急げ。
「あ、あとは華子とか真由とか」
ゆきの表情が怒りを超えて悲しみに変わった。あーだめだ、同期はだめだ。生々しすぎる。さっきから私は何をリアルな名前を挙げているのだ。たしかに華子と真由もおかずにすることがある。二人とも美しくお洒落で、性格も良い。入社当時は少し遊んでいるイメージがあり、同期の中でも目立っていた「一軍女子」。
ゆきとはキャラが異なるものの不思議と気が合うようで、例のクリスマス合コンに参加し、そして三人それぞれが恋人ー――ゆきだけはセックスフレンドだったが――を見つけたときのメンバーでもある。
この手の女性は、草食男子の私のような男からすると関わり合いになるのが少し怖い存在だったりするのだが、二人とも意外と気さくで、地味な私とも普通に話をしてくれた。「してくれた」などと表現する時点で卑屈すぎるのだが、私にとってはそのくらいキラキラした別世界の住人なのである。
当時のゆきから見れば、密かに想いを寄せる「Oくん」が自分とはぎこちない会話しかできないくせに、麗美や華子や真由とは仲良く楽しげにしゃべっているのが気に入らなかったらしく、付き合ってからもそのことを蒸し返してはよく拗ねられた。
そんな女性たちの名前を出すとは本当にうかつだった。
とにかく同期は危険だ。落ち着け。
それにしてもゆき、この歳で未だにこれほどのやきもち焼きだったとは。正直抱きしめたくなるほど愛おしいのだが、今はそんな場合ではない。
すでに遅きに失した感はあるが、私はさらに今の職場の同僚女性や近所の美人妻、ゆきのママ友など多くの名前を挙げて追求をかわそうとし、そのすべてが逆効果となった。自分だって夫に隠れてZやFやYの名前を口にしながら極太バイブをズコバコやっているくせにと、釈然としない気持ちも湧いてくるが、そんな反論は許されない空気が漂っている。
*
「パパのバカ……」
「ご、ごめん」
「違うの。ひとりエッチはもういいの。そんなので本気で怒ったりしないよ」
「あ、あれ? そうなの……?」
「まあちょっと、あまりにもリアルで生々しい名前が次から次へ飛び出してきて、若干引き気味なのは事実だけど……」
「う……」
「でもホントにそんなのはいいの。それよりもゆきのこと。こんな悪い奥さんにして。パパのせいだから」
「……うん」
「パパのバカ。そういうことにしてください」
私の胸にうずくまるゆき。妻の肩を抱き、胸元へ引き寄せる。
「もちろん。本当のことだし。ゆきは俺を喜ばせようとしてくれただけ」
「……」
「だからあまり自分を責めないで。ゆきだって楽しんでいいんだよ」
「……言われなくても楽しんでるもん」
夫の胸に抱かれた妻が、自虐的に笑った。
「楽しんじゃってて、ごめんなさい……」
温かい吐息、シャンプーの香り、人妻の甘い体臭――。
「Yくんとのこと、ゆきに任せるよ。ゆきがしたいように……どんなことがあっても受け入れるから」
「もしこんな奥さんもう嫌だって思ったらいつでも捨ててください」
「さっきは捨てないでって言ってた」
「あのときは取り乱してたから。普通なら捨てられて当然」
「そんな……」
「なーんて。実はパパならゆきのこと捨てたりなんてしないだろうって思ってるから言えるのかも」
「ははは、正解。絶対そんなことしない」
「ありがと」
「逆に俺のほうが捨てられるかもって、ときどき考えるよ」
「え? なんで?」
心底意味がわからないという顔で、ゆきが私の顔を見上げてきた。
「なんでってそりゃまあ……奥さん他の男に抱かせたり浮気喜んだり。普通ならこの変態って言われて終わりでしょ」
「パパのこと嫌いになるなんて考えたこともなかった……嫌われることばかり考えてた」
「お互い同じこと考えてたんだ」
笑い合ってキスをする。
「これからもバカップルでいよう……」
「これからもバカップルでいてください……」
気恥ずかしいセリフがシンクロし、吹き出す私たち。
互いの身体を優しく愛撫しながら、私たちは眠りについた。
*
ゆきから、Yとセックスをしたという報告を受けたのは、それから数日後のことである。
報告を受けながら私たちはセックスし、大いに乱れた。そうしてゆきが眠りについたあと私はボイスレコーダーをチェックし、二つのことを確認した。ひとつは、ゆきとYとの間でおおむねゆきの報告どおりの行為が行われたこと、もうひとつは、ゆきが重大な事実を隠していたこと――。