Moonlight-1
「へぇ、狭山商?」
隣の席の男が、さして興味もなさそうに呟く。そしてもう一度、サヤマショウ、と口の中で繰り返した。
人数が足りないから、というふざけた理由で先輩に無理矢理参加させられた合コンで、私は明らかに浮いていた。もともとこういったイベントにはアクティブになれない性格のためだ。相手はプロ野球選手。一介のOLのアフターファイブの相手にしては少しばかりハードルが高すぎるのではないかと思っていたが、何てことの無い、2軍や、1軍半ばかり。確かに、毎年タイトルを取るような知名度の高い選手は今はオールスターでそれどころではないだろう。
「辞めたけどね、そっちは? どこの高校なの?」
彼だけではなく、私にも興味の無い事柄だったが、一応礼儀として同じ質問を返す。
「鹿陽館。高校は結構離れてたみたいだな」
一瞬の停滞の後、鹿陽館(ろくようかん)という響きに私ははっとした。
「狭山商って言ったら、確か俺が高2のときの3回戦の相手だったんだけどな」
彼はまたしてもどうでもよさそうにグラスの中のモスコミュールを呷った。
「名前は?」
「はぃ?」
「そっちの名前は、って聞いてんの」
彼は一瞬怪訝そうな顔で私を見た。
「最初に自己紹介しただろ? 上原亜希さん?」
「そうだったかしら」
私はピーチフィズのグラスをくっと傾げた。自己紹介、聞いてなかったな、と今更ながら思う。
「鳴瀬圭介。今度は覚えた?」
ふわり、という表現が微笑みをあらわすものとして正しいかどうかは知らないが、とにかく私はそういう印象を受けた。180センチ以上あるであろう上背に似合わず、鳴瀬圭介という男は柔らかい雰囲気を醸し出していた。
知っている。
私は、この男を知っている。