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蜜戯
【SM 官能小説】

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蜜戯-1

家の近くを流れる小川に沿った遊歩道の散歩は、毎朝、ずっと続けている。でも最近は、疲れて途中で引き返そうと思うことがときどきある。それは若い頃の自分にもう一度戻りたい思う気持ちだろうかと、ふと心の中でつかみどころのない感情が湧いてくる。
一年前に小路でつまずいたときから膝が悪くなり、今では杖を手放すことができない。考えてみれば、それはわたしにとって災いだったのに、おそらくそのことがすべての始まりだったのかもしれないとさえ思っている。
夫が亡くなって十五年がたつ。いつのまにか七十八歳になったわたしは、すでに女としての自分がすでに消え入りそうになっていることさえ感じていた。でも、老いていく自分の静かな時間に身を浸すだけのわたしに、微かな女を疼かせた蜜月は、偶然、訪れた。それは彼との出会いだった。彼は仄かなときめきにわたしを導いている。いや、そもそもこんな歳になっても女としての性を意識しようとすることに無理があるのかもしれないと思わず心の中で苦笑することもある。

久しぶりに姪の舞子から電話があった。以前は、東京に出向いていって彼女と会うのが楽しみだったが、膝を悪くしてから上京するのが億劫になり彼女と会う機会はない。そんなわたしの膝の調子を気遣って舞子はときどき電話をかけてきた。
朝の散歩をするあいだは、さほど膝の痛みは感じないものの、日々の生活において身体を動かすときの膝はあいかわらず不自由だった。病院での治療は続けているが、杖を手放せず、まだ七十八歳なのにという思いとは裏腹に、脚の不自由さは、ひとり身で生活するのには何かと負担を強いた。
いくつかの老人介護施設で相談したが、どの施設の係員もわたしに老人施設に併設された高齢者向けのマンションへの入居を勧めたが、長い間、過ごした家を離れる気にわたしはなれなかった。そんなとき、舞子は、ある介護施設にわたしの訪問介護をお願いしたことを告げてきた。数日して施設から届いた一通の葉書は、ひとりの男性の訪問介護士を紹介していた。そして介護士が週に一日ないし二日ほどわたしの家を訪れ、身のまわりのお世話をしてくれることになったのだった。

庄野ミヅヨ様でございますか、ご依頼の件でお伺いしました。白いポロシャツと濃紺のズボン姿の彼は玄関先で礼儀正しく言った。見たところ、もっと若いと思っていたが年齢は三十歳だと彼は言った。
施設から紹介されてやってきたという介護福祉士の青年は、どちらかというとほっそりした身体つきとは言え、その輪郭にはどこにも無駄がなく、首筋や腕のなめらかな肉肌としなやかな身体には、はっきりとした骨格を感じさせたが、顔はなぜかとらえどころがなかった。いや、わたしが勝手にそう思ったのかもしれない。
無垢で初々しく、端正な顔が目の前にあるのに存在感をいだかせない顔。それなのにわたしは遠く懐かしい《誰かの顔》を見ているような不思議な気がした。でも、いったい誰の顔の記憶なのかわからない。わたしは言葉を失い、じっと彼の顔を見つめた。そして彼もまたわたしの顔に懐かしい誰かに想い浸るように視線を注いだ。
どこかでお会いしたかしら……言いかけた言葉を、わたしは気がつかないうちに咽喉の奥に飲み込んでしまっていた。

面接用の書類に書き込むためにペンを持った彼の美しい指先がわたしを惹きつけた。まるで女性のように細い指は、とても優雅な線を描き、磨かれた陶器の破片のような爪はきれいに切りそろえられ、わたしがこれまで男性の指先として見たこともないほど美しかった。そして何よりも、わたしの心の奥底をなぞり、撫であげ、優しく掻きまわしてくれそうな潤いのある指先だった。もし、その指でわたしの身体を触れられたらということを思い描いたとき、わたしはまだ自分の中に微かに残っている女を意識したのだった。

彼は訪問介護の内容を淡々と語った。とても穏やかな瞳の奥に意思の強さのようなものを感じさせ、何よりも敬虔な慎み深さと香り高い礼儀正しさがわたしの心をくすぐった。
彼と面接するあいだ、ずっと彼の顔と指先を交互に眼で追っていた。どこかで会ったような顔……やっぱりわたしは思い出すことができなかった。それなのに彼の指先からは、わたしの渇きを癒すような水滴が滴り、弾けるような懐かしい音が聞こえてきた。その音は、彼の視線や声と絡まり、やがて彼の身体のすべての部分から木霊(こだま)のように響き、わたしを抱きしめるようだった。


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