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蜜戯
【SM 官能小説】

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蜜戯-9

彼がこの家にやってくる日が待ち遠しかった。彼が来る日には、わたしは念入りにお化粧をした。鏡に映った自分の老いた顔が懐かしい女を取り戻し、恥じらいと、媚態と、色情を、そして淫蕩な欲情にうっすらと染まっていた。
 その日はとても暖かな雨が降っていた。居間の安楽椅子に座り、いつものように編み物をしながら庭を眺める。草木がしっとりと濡れているのを見ていると、まるでわたしの渇いた肉奥から湧き出す蜜汁が彼の姿に絡んでいるような錯覚をいだく。
彼の若さが、わたしの老いに悦びを与えることが残酷であるなら、身も心も彼に縛られたいと思う老いた女のわがままな情欲は、もっと卑しく色濃い感情をわたしにいだかせる。
わたしは年甲斐もなく彼に恋しているのかもしれない、いや、もうすでに彼を愛し始めているのかもしれない、そんな自分の気持ちに苦笑しながらも、そんな感情以上に彼をわたしのものにしたいという気持ちはきわめて傲慢だと思った。それはわたしと彼との蜜月のとても深い戯れの果てであり、堕ちていく禁断の闇の底かもしれない。

わたしはこれまで以上に彼を欲しかった。彼の従順な甘い瞳、くすぐるような声、そして何よりもわたしに触れてくる美しい指。もし、彼がわたしを身動きできないくらい縛ってくれたら、彼の視線も、声も、指も、もっともっとわたしのものにできそうな気がした。その感情は、わたしの中のぬかるんだ沼の底からふつふつと湧き、抑えることができなかった。
その日、わたしは散歩の帰りに下町の古い店構えをした小道具屋に立ち寄った。
通りがかりに何度か目にしていたその店には、いろいろなものが雑然と積んであった。わたしは壁にぶら下げてある一束の深い紅色をした縄を手にした。太くも細くもなくなく、細い飾り紐を編んだ鮮やかな色をした縄は、工芸品のように細緻で美しく、よく鞣(なめ)されていて、しなやかで手ざわりのいい感触はわたしの肌の欲望をそそった。きっとこの縄は彼の指にも、わたしの肉肌にもとても美しく馴染みそうだとわたしは密かに思った。
あのとき、彼に紐で後ろ手に手首を縛られた感覚が忘れられなかった。彼にもっと強く、わたしのすべてを縛られて無防備にされたい、きっとこの縄ならわたしを充たしてくれる……そう思った。
「お客様、いったいこの縄を何に使われるのでございますか」と、面長の穏やかな顔をした老店主は縄を新聞紙に包んで袋に入れながら言った。
「えっ、ええ……。いえ、とても綺麗な縄紐だから気に入ったのよ」とわたしは、自分が考えていることが見透かされたように口ごもると、「お客様が身に纏うには、とてもお似合いの縄でございますよ」と店主は淫靡な笑みを浮かべ、わたしの体の輪郭を舐めるようになぞった。
わたしはいつのまにか自分の身体が男の視線に敏感になっていることに、恥ずかしさと同時に微かな快感をいだいたのだった。

 縁側の外は漆黒の闇に包まれ、庭木は深い眠りについている。誰も私たちを見ているものはいない。テーブルの上のガラス瓶の中のキャンドルの灯りだけがわたしの裸を浮かび上がらせている。
思ったとおり縄を操る彼の指先にわたしは彼のすべてを感じていた。いつも介助のために触れられる職業的な指とはまったく違った感触。それは彼がわたしを自分のものとするために触れている指だった。そういう指で縛られることを求めるわたしの淫猥な要求に彼は限りなく従順だった。
縛るのがとても上手だわ、そんな経験があるのかしらと言うと、彼は、以前、どこかで女性を縛ったような記憶がありますが、ほんとうに縛ったのかわかりません。ぼくの心が彼女を縛ろうとしていたのかもしれません。もしかしたら夢の中に現われたミヅヨさんかもしれませんと言って、くすぐるような酷薄な笑みを浮かべた。
紅色の縄は、まるで美しい衣服のようにわたしの色あせた肌を冴えさせた。縄を巧みに操り、わたしを縛る彼の指は、これまで以上にわたし心と体のとても近いところにあった。彼は全裸のわたしを、まるで手放したくない恋人のように愛おしく縛ってくれた。彼に操られる縄が肌を喰い締めていくほどにわたしの枯れた肉奥が掻きたてられ、目覚め、飢えていくようだった。
手加減なんてしないで。もっと、もっと強く縛っていいわ……。
わたしの声にためらっていた彼の指が息を吹き返したように凛々しく、色濃く、淫猥に縄に絡み、わたしを縛っていく。
紅色の縄はわたしの後ろ手にある手首をくくり、萎んだ乳肉も、弛みのある下腹部の薄肉も容赦なく引き締め、捩じりあげ、肌に菱形を描きながら痛々しくわたしの体に喰い込んでいく。その感覚は互いの絆の証しとして彼が刺青をわたしの肌に彫りこんでいくような甘美な苦痛であり、骨に滲み入っていく快感だった。
わたしは彼に縛られることでとても素直になることができ、従順で無垢な少女のような懐かしい恥じらいさえ感じた。彼に身動きできないほど縛られることは、わたしの何もかもが彼のものになるという至福の戯れであり、悦びに違いなかった。


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