ピスケスの女 奉仕の章-2
桃香は僕のあとには相談者がいないことを確認し、休憩中の看板を出し店を閉めた。
鑑定ルームの更に奥のプライベートルームに僕を招き入れ、柔らかいピンク色の布地のソファーに座らせた。
「僕の事をご存じなのですか?」
桃香はくふっと笑って「この界隈にいてあなたを存じないなんて」と言う。
「あ、はあ」
十年前なら名も知られていただろうが、この目の前に座る若い桃香が僕を知っているとは意外だ。
「あたしはずっとお会いしたかったんですよ。緋月さんと」
「光栄です」
目を細め唇を半開きにし迫ってくる桃香にたじろぎながら「お若いのに熟練してますね。タロット」と話題を変えた。
座りなおした桃香が嬉しそうに顔を綻ばせながら言う。
「あたし本来はインスピレーションのみで人のことが観えてしまうんです。おかげで子供のころからすごく苦労して」
霊感少女によくある苦労話だ。桃香のように予知能力、テレパシー、念力などの力を持つ子供たちは純真さゆえにそのまま能力を発揮してしまう。古代であれば畏怖の対象になり、祭り上げられたりもするが、現代では気味が悪い子として疎外される対象になることも多いだろう。
「でも今の師匠があたしを拾ってくれて……。おかげさまでこうやって普通にやっていけてるんです」
「師匠?」
「はい。園女小百合先生です」
「ああ。君は園女先生のお弟子さんなのか」
園女小百合は日本のタロット占いの第一人者だ。僕の師匠である紅月蘭子のよき友人でもありライバルでもある人物で一度だけお目にかかったことがある。
ストイックな印象の蘭子と派手で男好きのする小百合はまるでタロットカードの女教皇と女帝のようだった。
桃香はインスピレーションをタロットカードを使うことにより行き過ぎてしまう能力を抑え、ほどよい塩梅で占い師として社会に落ちつけた様だ。本来、媒体にするものを主体にしてしまった小百合に感心する。
「すごいね。普通はタロットをインスピレーションの助けにするのに」
「はいっ。小百合先生はすごいんです」
師を褒められて桃香はさらに嬉しそうな顔を見せた。
「園女先生はまだお元気ですか?」
紅潮した顔に陰りが見える。
「去年……。あたしが最後の弟子なんです」
「そうか」
しんみりした空気が流れる。涙ぐみそうになるのを堪えて桃香は顔をあげた。
「亡くなる前に小百合先生が是非、緋月さんに会いなさいって。それで準備してやっとここに来れたんです」
小百合の意図が今一つ読めないが、僕の師、蘭子との水魚の交わりを想うとお互いの最後の弟子を会わせたいという素朴な気持ちなのかもしれない。
桃香は一人で馴染みのないこの町にやってきて自分の力を試そうとしているらしい。
「今日は夜、講座があるから無理だけど、明日、町でも案内するよ。都合はどう?」
「ほんとですか!嬉しい。まだ全然この町の事知らないんです。ちょうど定休日なのでいつでもいいです」