カプリコーンの女 伝統の章-2
「カーマスートラはご存知かしら」
「ええ。一般的な情報程度ですが」
「麻耶さんに頼まれていたの。もしあなたが来たらカーマスートラを施してほしいと」
「えっ。なぜ?」
「緋月さんはもっともっと女性と性を知るべきだっておっしゃってたわ。あなたが知らないと言ってるのじゃないのよ。麻耶さんはもっとあなたに大きく深く活躍してもらいたいみたい」
「麻耶がそんなことを」
「彼女こそカーマスートラを勉強してもらいたかったんだけど」
「確かに向いてそうだな」
「ほんと。素質はまれに見るものがあるんだけど彼女はご主人のためだけにエネルギーを発揮したいんですって。まあ潔くていいわね」
「麻耶らしいな」
「と、言うわけで、あなたに少し伝授させてもらうことにしたわ」
寛美はベッドの上に腰かけ優しく僕の髪を撫でながら耳元で囁く。
「このベッドから降りてもっと奥にいらして。今からカーマスートラの時間よ」
奥の部屋も相変わらずカラフルな色合いだが少し落ち着いていて深みのある真紅と紫とピンクそしてゴールドが散りばめられている。壁にはやはり歓喜天の絵が飾られている。診療所のほうの歓喜天は一体の象の姿をした神が描かれていたが、こちらは二体の立位で交わっている姿だ。以前、若菜とこの体位で愛し合ったことをふっと思い出して見つめていると「ここにかけて」と寛美から声がかかった。
「僕たちはここでセックスするんですか?」
「ふふ。セックスって何かしらね。今お互いに欲情はしていないでしょ?」
「え、まあ、すみません」
「いいのよ。若い男ならいざ知らず。私もそういう誘いをしているわけじゃないし。まあ、ここでがっつくような男ならこの寝室まで入らせることはありません。でも、あなたが私に心惹かれていなくてもセックスになると思うわ」
「あ、あの。男の僕はいいのかもしれませんが……」
「女の貞操でも気にしてらっしゃるの?快楽は男だけのものじゃないのはわかるでしょ?私には、私の一族には一般的な貞操観念はないのよ。――実はね。今日誕生日なの。あなたがきっと私に素晴らしい快感を与えてくれるはずだわ」
――山羊座の女性か。
本来、生真面目で保守的な星座だろうにどうして初めてあった男とこういう行為に至れるのかまだ僕には納得できなかった。
「一族と言われましたね。ご家族もこのようなことを?」
「ええ。それぞれ求道するものは違いますが。両親は中国の房中術を極めていますの。一族は世界各
国のありとあらゆる性の奥義を極めていくのです。そして正しい人に正しく伝えて導くのよ」
彼女の説明で僕は山羊座の伝統継承を大事にする性質を思い出し納得した。セックスというものが寛美の一族にとって快楽と種族保存以上の継承されるべき技でありスピリチュアルなものなのだ。
甘い花の香りが強くなってくる。
「さあ、おしゃべりはほどほどにしましょう。あなたの身体を見せてもらうわね」
「え、ええ」
ジャケットを脱ごうとすると寛美の手がスッと忍び寄り両胸をさすりながらジャケットの肩を外しするっと取り上げた。
「服を脱ぐところからレッスンは始まるのよ。女性に魅せる脱ぎ方をしなきゃ」
「は、はあ」
ネクタイをどうほどけばいいのだろうかと考えていると寛美が脱ぎ始めたので見ることにした。
ゆるゆると長い布が寛美のしなやかな身体を伝いすべってシーツに落ちていく。シュルシュルと衣擦れの音がし甘い香りが強くなってくる。――着物の帯のようだ。
「ふふ。昔の時代劇でお代官様が帯を解くみたいでしょ」
この白く長い一枚の布でできた衣装はサリーと呼ばれるものだ。
「長いですね」
「五メートル位のものもあるけれど、これは十二メートルあるの」
衣擦れと甘い香りと白いシルクの布地の隙間から見える滑らかなミルクチョコレートのような肌が僕を刺激する。彼女の所作に見惚れながらゆっくりとネクタイを外しシャツの前をはだけた。しなやかな寛美の手が布を絡めとり少しずつ肌を露出させていく。螺旋を描く動きを上から下、下から上へと目で動きを追った。
「あなたの見つめ方、とても素敵。感じてきちゃうわ」
「あ、すみません。見惚れてしまって」
不躾なほどに見すぎてしまっていたようだ。
「いいの。ちゃんと見れる人っていないのよ。私たちは『みる』仕事だから」
三割程度肌を隠し、寛美はゆっくりと手を伸ばし僕のシャツのボタンを外してしまい、ベルトとスラックスにも手をかけた。あっという間にはぎ取られ全裸にされた。
「綺麗な身体だわ。無駄もなく貧相でもなく、年相応で」
「ありがとうございます」