キャンサーの女 母性の章-5
もう三十分以上微細な動きで繋がっているのだろうか。なんとか硬さを維持しているがそろそろイクか萎えるかの瀬戸際だ。苦悩している表情に気が付いて優香は言う。
「ひ、ひづ、き、さあん。イって……。あた、し、もう十分気持ち、いいから。いつでも好きにイってくださいな」
頬を紅潮させながら優しく言う優香を見ると自分の決意の足りなさが恥ずかしく思えた。
「いやだ。女将がもっと感じるまで、がんばる」
子供の意地のような言動を再度恥ずかしく思いながら、密着させた彼女の腰を抱え、くねらせるように動かし突いた。
「ああっ、くふううん、んん、だあっ、め、あううう」
半ば意地になり奥を突いているとだんだん男根を螺旋のようなうねりと締め付けが襲ってき始めた。
「うっ、だ、だめだ。女将の中がす、すごく絡んでくる……」
「あっっはあああっ、あ、うっ、ううううあううぅん、あああああっ……」
「くっ、うううう、ふっ、く、く、う」
限界の限界を感じ放出したとき、ぶるんと優香の身体全体が震えガクッと浮いていた腰が落ちた。
――イってくれたのか……。
優香ははあはあと荒い息を吐き出しながら少し白目がちになり虚ろな表情をしている。彼女の緩んだ口元から覗く舌先を見つめ、軽く口づけて吸い僕は身体の体重を少しかけた。
「よかった……。緋月さん……」
「ん。すごく良かった……」
汗で濡れたからだが冷えて不快になる前に優香は身体を起こしさっと着物を羽織り、タオルを持ってきて僕の身体を拭きはじめた。
「あ、ありがとう。僕よりも女将のほうが汗だくだよ。風邪をひいてしまう」
タオルを奪い、彼女の首周りから乳房や腋の下の汗をぬぐう。
「すみません」
身体にあまり力が入らないのか僕の胸に寄りかかり頭をあずけた。後戯のようにタオルで全身を撫でるように拭く。首筋に張り付いた一筋の髪の毛を整えて胸元を正し、裾を重ねる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ふわっと笑いかけて優香はタオルを持った僕の手を取り、自分を抱きしめさせた。
「身体の奥にまだ気持ちいい感じが残っているみたい。こんな深くつながるような感覚は初めてだった……」
海の底を見るような目で畳の目を読んでいるようだ。
「僕も。すごく入り込んだ感じだったよ」
ふふっと笑って優香は振り向き優し眼差しを向けた。
「緋月さん、ありがとう。私、決めたわ」
「ん?何を?」
「このお店たたむわ」
「えっ。そうなの」
「ん。保育士の仕事に戻りたくなったの。なんだか、とっても」
「そっか」
「きっと母の願いは私が自分の望みをかなえることなのよね。緋月さんみたいにね」
「この店がなくなるのは残念だけどね」
「ごめんなさい。もう長い間店を続けることに限界を感じていたんだけど、どうしても手放せなくて」
「それだけお母さんが好きだったんだね」
「うん」
「これからの女将に乾杯しようか」
「待っててビール出してくる」
先ほどの情事が嘘のように爽やかな笑顔で優香は服装を正し、冷えた瓶ビールを持ってきた。綺麗に磨かれたグラスになみなみと注ぎ乾杯した。
「乾杯」
「乾杯」
障子の隙間から窓を眺めると冴えわたった夜空に大きな十三夜の月が出ていた。満月になる前の美しい月。もうすぐ完成される希望に満ちた優香を見る様だ。
「綺麗ですね」
「ん」
「緋月さん、本当にありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ。なんだか少年時代から卒業するような気分だ」
「ふふ。卒業証書差し上げたい」
「女将からもらえると自信が付きそうだよ」
「あら、緋月さんは自信がないんですか?とても落ち着いていて、大人の男性なのに」
「そう言ってもらえたらうれしいけど、歳ばっかりくってるだけさ」
優香の三日月のような優しい眉が死んだ母親とかぶった。
「じゃ、まだまだ成長期なんですね。これからが楽しみ。――ますますの活躍を祈っています」
声も母とかぶり、僕は胸が詰まった。――ありがとう。さようなら。
感傷的になるのを堪えてビールを飲み干しグラスを置いた。そして二人でしばらく空の月を眺めた。