部活動のスキマに-1
私はあおい、高校2年。
学園の図書室から少しはずれた書庫の片隅に、私と同級生のさち子さん二人だけの「古文書部」の部室があった。
活動は、郷土の旧家に埋もれた古文書の解読とデータベース化ってのが表向きだ。だけど……
「さち子さん、この字なんて読むんですか?」
「これ?『え』よ。『江』の字をくずしたひらがなで『ヤ行のえ』なの。」
「そうですか……ありがとうございます。」
なんて感じで、私は活字を読むことすらおぼつかない。手書きの筆文字も、すらすら読んで入力していくさち子さんが、実質ひとりでやってるような部だ。
そんなさち子さんと私は、この学園に高校一年生になって編入してきた私の「係(かかり)」として出会った。
幼稚園からの一貫教育であるこの学園では、ほとんどみんな幼いころからの「お知り合い」で来ている。
そんな中に編入してきた生徒に、学園のならわしを教えるために、品行方正で信頼のある生徒を「係」としてあてがうのだ。
そんな役目だけとは思えない、心から私を気づかってくれるさち子さんが好きになった私は、さち子さんひとりで立ち上げた古文書部の部員になったんだ。
「ちょっと休みましょう。」さち子さんが言った。
「はい。」私は書庫の奥のドアを開けた。そこは小さなベランダになっている。だけど見えるのは校舎の窓のない壁ばかり。学園の底にいるようだ。
さち子さんは私の横に立って、ジッパーで明け閉めができるグミの袋を開いた。
(来た……)私は胸が縮まった。さち子さんは袋からタバコ一本とオイルライターを出した。
「一服……するね。」そう言うとさち子さんはタバコをくわえて火をつけた。
この瞬間は何度見ても慣れがこない。
初めて会った時から嗅ぐ、さち子さんの唇から吹き出される煙の匂い。
(先生たちでさえ、学園内禁煙だけどなぁ……)とは思いながら、私にとってさち子さんの喫煙は「これくらいのこと」でしかなかった。
「ねぇ、あおいさん。」「はい……」
(来たな……。)私の胸にくすぐったい振動が走った。
「あおいさんは、『オナニー』っていう派?『マスターベーション』っていう派?」
さち子さんがタバコを味わうときは、必ずこんなエッチな質問をしてくるんだ。
「私は……その……『マスターベーション』って言葉を最近まで聞いたことなかったんです。だから性器をいじる意味の言葉は『オナニー』しか知らなくて。」
「なるほどね……」さち子さんは満足そうにうなずいた。
私は「係」であるさち子さんに、ごまかせない性格になっていた。それは性器のからむ話でも同じだ。
「あおいさんは……」さち子さんは続けた。「男のオナニーって、見たことある?」
「はい……」私の答えにさち子さんは、
「あるんかーい!」とつっこんだあと「それ、どんな感じだったの?」とタバコをくわえたまま私に迫ってきた。
……それは、私が中学生になったころのことだった。