安倍川貴菜子の日常(1)-5
12月に入り最初の週末の午前中の事だった。
貴菜子はチョコを連れて鶴ヶ峰城の庭園にある茶店に来ていた。
目的は貴菜子自身のリフレッシュもあるが、目的の本命は先日学校でチョコが感じ取った使い魔の気配についての話だった。
「ねえチョコちゃん、使い魔ってそんな身近にたくさんいるものなの?」
抹茶を啜りながら貴菜子はテーブルの上に乗せてあるチョコに訊ねた。
「う〜ん…本来ならボク達はこっちの世界で仲間に会う事はまずないんでし。でも、ご主人ちゃまが思ってる不思議な事でしたら意外と身近にあるんでしよ」
チョコはそう言うと気菜子の隣の席に座っている老人を指差した。
貴菜子はチョコが指差した老人を見ていたが別段に不思議な部分は見当たらなかった。強いて目立つところを言うなら、その老人は手入れの行き届いた立派な白い髭をしておりそれがとても印象的であった。
隣の席の老人をボーッと見ている貴菜子にチョコは小さな声でさも面白そうに言った。
「ご主人ちゃま、あの人はサンタクロースなんでしよ」
貴菜子は思わず「ええっ!?」と声を上げそうになったが、両手で自分の口を押さえると慌てた様にチョコに顔を寄せた。
「チョコちゃん、それって冗談でしょ?サンタさんって実在しないんじゃないの」
「冗談でないでし。サンタクロースは実在するでしよ。それに、サンタさん達はちゃんとした組織があってたくさんのサンタさんが世界中で活動してるでし」
それは貴菜子にとって驚愕の事実だった。サンタクロースという存在は小さい頃なら実在すると信じていたが、今の年齢でサンタクロースは実在するなんて事を真顔で言ったらそれこそ頭が春な人と思われ周りから生暖かい目で見られてしまうだろう。
貴菜子はチョコの話を信じられないと思ったが、しかし目の前にいる非現実的な存在であるチョコを見るとにわかに信じてしまいそうになるのだった。
そして隣の席の老人を見ながら混乱する貴菜子に気付いたのか、その老人はにこやかに微笑みながら貴菜子の席に歩いてきた。
「お嬢さん、とても素敵なご友人をお連れのようだね」
老人がチョコを見ながら話しかけてきて貴菜子は我に返り自分の混乱振りを思い出すと思わず赤面して俯いてしまった。
「サンタさん、初めましてでし。ボクはチョコっていうでし。サンタさんはこれからクリスマスの準備でしか?」
チョコは老人にペコッと頭を下げると特に畏まる事もなく普通に話しかけた。
「いや、今日はプライベートで出てきていてね。孫の様子を見に来たんだよ」
チョコからサンタさんと呼ばれる老人は今まで怒った事が一度もないのではと思われるくらい柔和な表情でチョコと会話をしており、貴菜子は二人の様子をただ見ているだけだった。
「それで、お嬢さんがチョコちゃんのご主人様なんだね。こんな年寄りで申し訳ないんだけど良かったら話し相手になってもらえんかな?」
貴菜子は慌てて「はいっ」と答えると老人は「ありがとう」と笑みを見せながら礼を言うと貴菜子の向かいの椅子に座った。
そして、貴菜子は自己紹介をしてからサンタさんであるという老人を見て意を決した様に今まで思っていた疑問を老人にぶつけたのだ。
「あの、いきなりの質問で申し訳ないんですけど、サンタさんってクリスマスのシーズン以外って何をされてるんですか?」
普通の人なら誰でも思うであろう疑問を真顔で聞いてきた貴菜子を老人は楽しそうに見つめ答えた。