悪い男-2
「お母さん、もうそろそろ帰って来る?」
「あと二十分くらいかな」
僕は鈴の横に腰を下ろしてテレビのチャンネルを変える。特別見たいものはやっていない。退屈していると、鈴が漫画を閉じて体を寄せてくる。僕の胸に頬をくっつけて抱きつく。僕は鈴の肩に手を添え、反対の手で頭を撫で、髪を生え際から優しく掻き上げてあげる。しばらくすると鈴が目を見て顎を上げてきたので、いつも通り唇を重ねた。鈴の薄い唇が吸い付き、短い舌を絡ませてくる。舌と舌で転がし合っていると唾液が染み出してくる。鈴の唾液は粘膜が少なくて水分が多かった。それに比べて僕のものはドロドロで恥ずかしくなったが、鈴は嫌な反応をせずに僕の唾液を舌で絡め取る。
初めて唇を求められたとき、目を瞑って唇を尖らせる鈴を見て、恐怖心が押し迫るように立ち上ってきた。小学生の女の子とキスなんてして良いはずがない。僕には彼女がいるし、そもそもロリコンではないし、倫理的に間違った行為だ。でも、目の前の唇を求める鈴は可愛らしく、妙に色っぽかった。同時に何て恐ろしい女の子だろうと、身震いする思いに駆られた。鈴は僕の手を掴んだ。固く握ってきた。
僕は多分今までで一番恐ろしい唇にキスをしてしまったんだと思う。軽くキスするだけだと見込んでいたのに鈴は唇を直ぐには離さず、舌を出してきた。流石に驚いて僕の方から慌てて離れた。
「こらっ」
「ダメ?」
「ちょっとするだけだと思ったから」
「舌入れた方が気持ち良いしさ」
「初めてじゃないんだ」
「前にこの部屋に住んでいた人。喬寿くんよりおじさんで、顔もイケてなかったけど、キスは悪くなかった」
「そう…」
後で鈴から聞いた話だと、僕の部屋の前の住人の男は四十代の妻帯者で小さい息子もいたそうだが、ロリコンの気があり、鈴に載しかかってきたらしい。鈴は何とかポケットに警報ベルを忍ばせていると嘘をついて逃れたが、その男は家族を連れて引っ越して行った。身の破滅と家族崩壊を免れるために。僕は鈴の子供らしからぬ恐さ、したたかさを知っているので、(前任者)に対して同情を禁じ得ない。
合鍵を言われるまま作って渡したのも、鈴がすべて話したら僕が社会的に不味い立場に追い込まれるのを危惧したためだった。恋人を失い、職場や近所で悪い噂が立ち、両親や兄弟に白い目で見られる。自らの意思で道を踏み外したのに、積み上げてきた周囲の人間への信頼と誠実性を失うのが恐かった。
「喬寿くん、鈴のこと面倒臭くなってない?」
鈴が一旦体を離して視線を当てて聞く。
「そんなことないよ。どうして?」
「何となく。だって喬寿くん、鈴のこと別に好きじゃないし、ロリコンでもなさそうだし、何でキスしてくれるのかなって時々思うの」
「じゃあ逆に鈴は何で僕とキスしようと思ったの?隣に住む優しそうな大人だったからじゃない?」
「最初はそうだったけど、今は喬寿くんといるの好きだし、喬寿くんとキスするのも好きだよ」
「そう」
僕は鈴をもう一度手元に引き寄せて唇を重ねた。多少強引に舌を捩じ込んで、鈴の唾液を奪ってから、頬や首に舌で粘膜の跡をつけた。耳たぶを舌で転がしてから吸い付く。
「くすぐったい…」
恥ずかしがりながらも、決して拒んでいない鈴の甘え声。あれがムクムクと起き上がっていく。自分はロリコンじゃないと思っていたが、最近はそれを疑うくらい反応してしまう。鈴を抱きしめると、勃起した股間がぶつかりそうになって腰を屈める。鈴も全身で僕の体にしがみつく。
「喬寿くん、好き。喬寿くんも鈴のこと好き?」
「うん…まあ」
「彼女いるくせに」
「それは…」
「悪い男」
「小学生とこんなことしてるなんて最低だよな」
「私から誘ったんだし、喬寿くんのせいじゃないけど、二人だけの秘密ね」
鈴のスマホのアラームが鳴り、ディスプレイを確認する。
「お母さん、駅だからもうすぐ帰って来る」
鈴は漫画本を素早く棚に片付けて帰り支度する。
「じゃあね」
僕は玄関まで見送って、ドアを開けてあげる。
「生姜焼き美味しかったよ。また作ってね」
「ああ」
「バイバイ」
鈴は軽く手を降りながら、外に出て隣の部屋に戻っていく。ドアを閉めるときに夜の風が首の下に当たり、鈴が開錠するガチャっという音がした。