形姿(なりすがた)-7
日曜日、天気がいいので朝からずっと描き散らした創作用のスケッチブックを放り出して気分転換に散歩に出かける。
陶器の制作に取り掛かろうとしていたけど、なかなかこれといったものが描けなかった。陶芸家は自分が作ったものを砕きながら、次の作品の創作意欲を高めるというが、わたしにそんな行為は、ほど遠いと思わず苦笑する。
ご主人に見せた陶器は、展示会でとても評判がよかった。でも、わたしは自分が作った作品への嫉妬は残り続けている。思えばわたしは嫉妬深い女かもしれない。高校生のとき、母に男がいることを知ったとき、わたしは母のいやらしさを嫌悪すると同時に母に嫉妬をした。父が亡くなってから初めて母に女を感じた。高校の英語の教師をしていた母は、どちらかというと化粧っ気がなく、着るものも地味だったのに、いつかしら、化粧が少しずつ濃くなり、下着の色が変わり、着るものも少しずつ変わっていった。わたしを置いて家に戻らないことが多くなった。
母がいない夜、わたしは顔も、年齢も、姿も知らないその男のことが、気になって眠れなかった。ベッドの中で目を閉じると、暗闇の中で男の手が母の肌を這いまわり、途切れることのない母の嗚咽と男の吐く息を感じた。なぜかその男があまりに自分に近く感じられた。わたしは母から、見たこともないその男の影を奪うように慕い、自慰を行った。
三十四歳になったとき、わたしは十歳年上のサワダという名前の男とつき合っていたことがある。彼は、歯の治療に訪れた渋谷の歯科医院の院長だった。
とてもきれいな歯をしていますね。そう言った彼は、端正でイケメンの顔をしていた。サワダはわたしの口の中を入念に覗いた。歯の治療なのだから、顔を近づけられて口の中を見られるのはあたり前なのだけど、彼の視線は、何かわたしの身体の奥底まで覗き込むように淫猥だった。
三度目で治療を終えたとき、わたしはサワダに食事に誘われた。妻がいる男だとはわかっていたけど、彼とつき合い始めた。彼はわたしにシルクの黒い高級下着や踵の高いハイヒールを与えた。彼がわたしに求めていることがどういうことなのか気がつくのに時間はかからなった。
彼はわたしの奴隷になることを誓いながら、わたしを彼の意のままの姿にすることを望んでいた。それは、《わたしが彼の奴隷になる》ことだった……彼に快楽をもたらすだけの奴隷に。
わたしが彼の頬に唾を吐き、彼をなじり、嬲ることも、平手でぶつことも、彼を拘束して鞭で虐めることも、そして彼を快楽に導き射精にいたらせることも、《すべてが彼の、わたしに対する命令》だった。わたしは自分が彼の命令によって、まるで別人のように描かれていった。きっとそういうことができたわたしは、ほんとうはSになれきれないエムなんだと今でも思っている。
全裸になったサワダの手首を後ろ手に革枷で拘束した。床に跪いた無防備な男の裸がこれほど色気を感じさせるとは思わなかった。たくましいとか、よく引き締まったという身体ではなく、色白の丸みを帯びた肉体は、ただ、わたしの前に無防備で晒されているだけで性的な匂いを漂わせていた。
彼の肉体は、逆にわたしを支配しようとするかのように冴えわたっていた。胸も、腹部も、背中も、尻も、ひんやりとした滑らかな翳りを湛え、黒々と艶やかに繁った陰毛に覆われた性器は、わたしに向って挑むように堅くそそり立った。なぜか不思議にセックスの欲望をいだかせない性器だった。彼がわたしを抱く姿がわたしには想像できず、彼の性器はわたしに命令し、痛めつけられるためだけにあるような気がした。
彼は上半身をくねらせ、跪いたままわたしの足首にキスをした。それはわたしが彼を支配しているのではなく、彼がわたしを支配していることを示すキスだった。そして彼は背中を向けると、顔を床に擦りつけるようにわたしの目の前で尻を持ち上げた。
ぶってくれ……。きみが好きなように痛めつけてくれないか。
わたしは彼に鞭を浴びせた。鞭の振り方にはすぐに慣れた。鞭でぶたれる男の肉肌の翳りは悲鳴と嗚咽を洩らし、のけ反る背中は喘ぎ、跳ね上がる尻肉は悶えた。
もっと………もっと強くぶってくれ……。
その声は、虐められる男の敬虔な奴隷の哀願ではなく、わたしに対するわがままな命令に聞こえた。彼は、そういう女としてわたしのかたちを独りよがりに描いていた。