裕哉に送ったライン-1
また、裕哉とキスをした展望台に行きたくなり、部屋をでる。
展望台は、午後になると、観光客で溢れる。
綺麗な景色なので、何度見ても飽きない。
そこで麻衣は、旧市街を背景に、スマホで自撮り写真を撮る。
泣きはらした目が赤く、とんでもない顔で写っている。
その写真を貼付して、意を決して、裕哉にラインを送る。
『私は今エストニアのタリンに来て、展望台から旧市街を眺めています。私の自分勝手な行動から、裕哉さんには、もの凄く不愉快な思いをさせてしまい、本当にごめんなさい。自戒の意味もこめて、以前、一緒に回ったヨーロッパを、1人で回ってみようと思い、今、ここに来ています。 悪いのは、すべて私です。裕哉さんは、何も悪くありません。本当にごめんなさい。』
裕哉のラインが生きているかどうか分からない。
ブロックされていたら、これは届かない。
翌日、これも日本で買っておいた航空券で、タリンからミュンヘンに飛ぶ。
ミュンヘン空港からは、バスで中央駅まで出る。
切符の買い方、チェックインのやり方など、我ながら、よく覚えていると思う。
裕哉の行動が、あまりにも新鮮で、裕哉の一挙手一投足を、じっと見ていたせいだろうか。
前回と同じホテルにチェックインをする。
部屋で少し休憩をした後、歩いて市庁舎へ向かう。
時報を告げる市庁舎の、からくり時計を見て、また歩いてホテルに戻る。
1人で、ビアホールに行く気にはなれないので、駅構内の売店で、食べ物を買って、ホテルに戻る。
昨日送ったラインは、既読にはなった。
どうやら、ブロックはされていないようである。
ただ、返事は来ない。
当たり前である。
<裕哉さんも、今更、連絡をもらったところで、迷惑なだけだろうな>
と、麻衣は思う。
既読にはなったものの、返事が来ないので、もう一度、ラインを送ろうかと思った。
しかし、それは思いとどまった。
これ以上、自分勝手で情けない女に、成り下がりたくなかった。
翌朝、駅に行き、フュッセンまでのチケットを買う。
窓口で言葉が通じない可能性があるので、手帳に行き先を書いた紙を用意しておいた。
あの時と同じように、電車でフュッセンに向かう。
途中で、車窓が雪景色になった。
もう冬なのである。
途中乗り換えがあって、2時間ちょっとでフュッセン駅に着く。
電車を降りると、ちょっと寒い。
そこからバスでノイシュバンシュタイン城のある公園へ向かう。
公園に入ると、歩いてマリエン橋へまで上って行く。
前回はバスでマリエン橋まで行ったが、今回、麻衣は自分の足で歩くことにした。
息を切らし、やっと橋の中央までたどり着いた。
雪化粧をした、ノイシュバンシュタイン城は、圧巻の美しさだった。
思わず、見とれてしまう。
周りには、日本人観光客もけっこういる。
中には、男女のカップルで、楽しそうに旅行をしている日本人を見かける。
確か、ここでもキスをした。
麻衣が自分からキスを、、おねだりしたのである。
それに対して、裕哉は優しくキスをしてくれた。
それを思い出して、麻衣はまた涙が出てきた。
観光を適当に切り上げ、ミュンヘンに戻ることにする。
来た時と逆の経路をたどるだけなので、迷うことはない。
夕方、まだ明るいうちに、ミュンヘン中央駅に戻ってきた。
また、駅構内で、食べ物を買ってホテルに戻る。
サンドイッチなどを買ってきた。
しかし、お腹が減っている筈なのに、食べる気が起きず、ホテルを出る。
再度、市庁舎に向かう。
あの、からくり時計を見たい、そう思い、歩き始めた。
市庁舎の前は、黒山のひとだかりになっている。
そろそろ、時間なのだろう。
そして、からくり時計が動き出した。
思わず、見入ってしまう。