アヤノ-8
2本目の煙草を灰皿に押し付けた時だった。ノックも無しに取調室のドアが開かれた。
「大島 綾乃から事情を聞いたのはあなた達?」
その声には聞き覚えがあった。まぁ、来るだろうとは考えていたので、大して驚きはしなかったのだが。
「久しぶりだな、INCの方は随分忙しいみたいじゃないか。」
ドアを開いたのは麻取からINCへ出向中の“おっかない姉さん”だった。
年齢的には彼女の方が幾つか年下だったが、彼女の気性や性格には“姉さん”と言う言葉がぴったりなのだ。
「ええ、帳簿に記されたダークネスの輸出先を片っ端から潰している最中よ。」
「大変だねぇ、今回のダークネスの出所はもうわかったのか??」
俺は彼女に訊いた。
「川上 修が素直に話したわ。彼、相当参ってるみたいよ??」
「そりゃぁ被害者が一転、ワッパかけられたんだからヘコむだろう。」
俺は冷たく言い放った。
「そうじゃなくて、彼…刺される直前に自分の恋人をレイプしたらしいの。」
「恋人同士なのにレイプ?!」
俺達の会話を、それまで黙って眺めていた栄祐が声を張り上げた。
「そう、恋人同士でも同意が無いなら強姦成立。薬で頭飛んでたにしても、酷い話ね。」
俺は放つ言葉が見付からなかった。
彼女はそんな酷い仕打を受けていたにもかかわらず、自分のしたことを悔いているのだ。
「取り調べで、性行為があったとは言ったけど、それがレイプだったとは言ってなかった…。」
口を開かなかった俺の代わりに、栄祐が言った。
「彼女の調書ある?」
「あぁ。」
俺は手元にあった調書を彼女に渡した。
「レイプと言う言葉が使われていないだけで、供述内容は殆んど同じね。川上 修は隠していたドラッグを彼女に見付かって、頭に血が昇ったと言ったわ。状況から判断して、大島 綾乃が恋人をかばったと推測するのが適切ね。」
調書に一通り目を通した彼女は言った。
「本当、健気なこ。彼女には十分なケアが必要ね…。じゃぁ、私は川上 修の方にまだ聞く事があるから失礼するわ。ダークネスについて何も知らない大島 綾乃の方に聴取は必要ないでしょうし。」
俺に調書を返すと彼女は部屋を後にした。最後に
「彼女の事、くれぐれもよろしくね。これ以上ダークネスのせいで苦しむ人は増やしたくないの。」
そう言い残して。
間もなく彼女の治療は済むはずだ。そうすれば俺は、再び彼女と顔をあわせる事になる。だがその時、俺は彼女に何をしてやる事ができるのだろう。
大学で学んだカウンセリングなんてちっとも役に立ちやしない……。
「気分はどう??」
警察署からずっと私の側にいた女性の刑事さんが私に尋ねた。
『大丈夫です。』
私は今、何処かの病院にいる。私を診察した医師は、私の体の中に入ってしまった良くない物を出そう、そう言って私に点滴を施した。
「透析までせずに済んで、本当に良かったわね。」
病院を出て警察署へと帰る途中、女性刑事はそう言った。
けれどその言葉には何処か白々しさが感じられた。