アヤノ-11
「どうぞ、入って。」
俺は病院での最後の診察を終えた彼女を、自分の部屋へと招き入れた。
診察の結果、彼女の体内に入ったダークネスは綺麗サッパリ無くなっていた。今後は禁断症状などに苦しむ事もなく、身体的には普通の日常生活を送る事が出来るだろう。
だが精神が落ち着きを取り戻すには、まだ時間が必要だろう。
彼女は、恋人との幸せだった生活の陰が残る、自分の部屋へと帰る事を拒んだ。
『私…恭吾さんに我儘ばっかり言って、本当にごめんなさい。』
「気にすることは無いよ。俺だって君にいて欲しいしね。」
少しでも彼女が明るさを取り戻してくれたら、そう思って言った言葉だ。だがその言葉には少しの真実も含まれていた。
「疲れてるだろ?お風呂沸かすから、ゆっくりつかっておいで。」
『はい。』
俺の言葉に素直に応じる彼女は、俺からタオルと着替を受け取るとバスルームへ向かった。
俺はその姿を見送ると、ある所へ電話をかけた。
「もしもし…頼みたい事があるんだが……。」
電話を切って暫くすると、着替として渡した俺の服を着た彼女が、バスルームから戻ってきた。
「ごめんね。俺のじゃデカ過ぎるよな?」
『いえ、大丈夫です。何から何まで、本当にすみません。』
彼女は申し訳無さそうに謝った。
「いいんだ。俺は恋人もいないし、淋しい独り暮らしに華が出来て嬉しいくらいさ!」
そんな俺の言葉に、彼女は意を決した様に尋ねた。
『あの…恭吾さんが、私に…こんなに良くして下さるのは、私が恭吾さんの大切な人に似ているからですか?』
正直、俺は返答に困った。しかし彼女がそんな疑問を抱くのも当然だろう。
「そうかも知れない。その人はね、俺にとって本当に大切な人だったんだ。でもその大切さに気付く事が出来ず、俺はその人を失ってしまった。」
彼女は黙って俺の言葉に耳を傾けている。
「でも、君をその人の代わりにしたい訳じゃないんだ。誰も彼女の代わりにはなれないし、俺は君自身を助けたい。助けたいなんて大げさかも知れないが、心から君の力になりたいと思ってるんだ。」
『恭吾さんに出会えて、私本当に良かったです。』
彼女は少しだけ微笑んだ。それは彼女と出会ってから、初めてみる笑顔だった。
「コンコンッ―」
彼女の笑顔に俺が微笑み返すと、部屋のドアがノックされた。
音の主は、さっき俺がお使いを頼んだ相手だろう。
「まったく、インターホンがあるんだからそっちを使えばいいだろうに…。」
俺がドアを開くと、そこには紙袋をいくつも抱えた“おっかない姉さん”の姿があった。
「荷物のせいで、インターホンまで手が届かなかったの。」
姉さんはピシャリとそう言うと、全ての荷物を俺に預け部屋の中へ足を進めた。
「大島 綾乃さんね?初めまして。私は彼の同僚。彼に頼まれて、着る物とか色々見繕ってきたから、好きに着てちょうだい。」
『あ…ありがとうございます。』
言葉の通り、彼女の持ってきた紙袋の中には服や靴など、生活に必要な物が納められていた。
「忙しいのに悪かったな。ありがとう。」
俺は荷物を床に降ろして言った。
「構わないわよ。元々、よろしくって頼んだのは私の方なんだから。」
彼女のそんな面倒見の良い所は、共に仕事をしていた頃からちっとも変わらない。
「けど、手を出すのは問題よ。淫行では無いにしても、あなたお幾つ?少年課の刑事が知ったら何て言うかしら?」
そう俺の耳元で囁くと、姉さんは部屋を後にした。そんな意地の悪い事をさらっと言う所も、ちっとも変わらない。
『素敵な人ですね。』
彼女は言った。
「あぁ。けど余りにもイイ女過ぎるだろ?後が恐くて、手なんて出せないよ?」
俺のおどけた言い方に彼女は笑った。