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下屋敷、魔羅の競り合い
【歴史物 官能小説】

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艶之進、奮う肉刀-1

 宝永4年の秋。
 さる旗本の下屋敷。「朱引き内魔羅くらべ」の行われる会場で、受付係の若侍に近寄ると、彼は大声で名を告げた。

「坂本艶之進と申す」

「は? 坂本……つ、つや……?」

 若侍は耳の後ろに手を添えて聞き直した。

「坂本、つ、や、の、し、ん」

「はあ……つやのしん殿……でござるか」

「左様。筆をお貸しくだされ、署名いたす」

 艶之進は大仰な筆さばきで墨痕鮮やかに自分の名を書き記すと、

「控えの間はどこかな? おお、あちらか……。では御免」

 胸を反り返らせ、玉砂利を敷き詰めた中庭を大股に歩いていった。

 艶之進が朱引き内魔羅くらべのことを耳にしたのはひと月前のことだった。みすぼらしい裏長屋の一番奥、共同厠のすぐそばの部屋で傘張りの内職をしていると、下っ引きの銀次が建て付けの悪い腰高障子を開けて入ってきた。

「旦那、また傘張りですかい、精が出ますねえ」

 艶之進は横顔を見せたまま、ジロリと大きな目だけを銀次に向けた。

「また傘張りで悪かったな。浪人はこうでもしないと食っていけないのだ」

「あっ、お気を悪くなされたのなら誤ります。どうも……すまねえこって」

「ふふ、まあいい。ああ、戸を閉めなさい。猫が入るといけない。この前、せっかく仕上げた傘にさんざん爪を立てられて往生したからな」

「へい。……ちゃんと閉まりませんがね」

「蹴飛ばしてごらん」

「え、よいしょっと。ああ、閉まった閉まった。……ところで旦那、耳寄りな話があるんですがね」銀次はにやにやしながらにじり寄ってきた。「うまくいきゃあ五十両が手に入るかもしれませんぜ」

 五十両と聞いて、傘の骨に糊付けをしていた艶之進の手が止まった。傘張りの仕事で五十両を稼ぐには、おおよそ二千五百本もの傘をこしらえなければならない勘定だった。

「それは、どのような話かな?」

「さる旗本の下屋敷で、魔羅くらべがあるんでさあ」

「魔羅くらべ?」

「へえ、奥様(旗本の正妻の敬称)自らお開きになる、朱引き内魔羅くらべです」

「一体何だ? それは」

「江戸の町中の性豪を集めて、誰が一番の床師かを決めるんでさあ」

「床師? ああ、まぐわい(性交)の達人か」

「で、最高の床師の者には金五十両が与えられるってわけなんで」

「奥様主催といったが、さように卑猥な催し、ご公儀に知れたらおおごとだぞ」

「そこはそれ、内々に、こっそりと行われるんで……」

「さる旗本とは、いったい誰のことだ?」

  銀次は膝を進め、そっと耳打ちをした。

「松平○○様でございます」

「ほう、あの大身(たいしん)旗本か……」

「これは他言無用に願いますぜ」

「ふむ……。して、競技の方法は?」

「まだよくは分からないんですが、何やら勝ち抜き戦らしいですよ。おそらく、刻限を決め、その間にどれだけ女に気をやらせるかを競うんじゃないですかね」

「酔狂な話だな。昨今、大食い自慢やら大酒飲み自慢やらが世間を賑わしているが、ついに魔羅自慢まで登場したか。……しかし、おまえはそちらのほうの噂には耳ざといなあ。ほとほと感心するぞ」

「下っ引きは、ならず者の出が多いもんで、色々と裏情報が入るんですよ……。かくいうあっしも、春画を密かに安く売りさばいておりました」

「ああ、確かそうだったなあ。ならず者だった下っ引きは裏の世界に詳しく、岡っ引きの親分衆のいい情報源だ。毒をもって毒を制すというやつだが、……お上もよく考えたものよ」」

「旦那、毒たあ、あんまりですぜ」

「ああ、すまん、すまん」

「そういうことで昔のご贔屓筋の旗本の下人から、この魔羅くらべの話をこっそり聞いたんでさあ」

「ふうん。さようか……」

 月代(さかやき)を剃らないボサボサの前髪に手をやる艶之進。銀次の話よりも髪の伸び具合が気になるようだった。そんな素浪人の袖を、銀次がそっと引っぱった。

「ねえ、旦那、魔羅くらべに参加なさいませ。旦那なら一番になれますぜ。あっしが請け負います。なにせここいらの夜鷹がみんな口を揃えて言ってますぜ。『傘張りの旦那なら、お足はいらないよう。あの、魔羅の先のグッと開いた傘にかかったら、商売を忘れてついついよがってしまう』ってね」

 艶之進は、ふと口元がゆるんだが、すぐに引き結んだ。

「朱引き内というからには、お江戸の絵図に描かれた赤い境界線の内側、御府内のことだな。品川から西や、千住から東の者は参加出来ないというわけか。ここは新宿のはずれだが、北のぎりぎりのところで引っかかっているわけだ。だが、どうして御府内にこだわる?」

「奥様が田舎者はお嫌いだそうで。爪に土のこびりついた百姓や、磯臭い漁師は御免被ると言われたとか……」

「ということは、奥様も参加者と肌を合わせるのか?」

「一番になった者だけが、五十両の他に、褒美として閨(ねや)を共に出来るそうで……」

「奥様はおいくつだ?」

「たしか……三十そこそこかと。多少年は食ってますが、色白で上品な、いい女だそうでございますよ」

「ふむ、良き家柄の美女が民草と同衾するとは……」

「色事に家柄は関係ないでしょう」

「それもそうだな……。で、勝ち抜いた末に交合する女が奥様だとして、それまでは誰が男どもの相手をするんだ? 腰元たちか?」

「ええ、そのようです。……けっこう綺麗どころが揃ってるそうですぜ」


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