陽は落ちた……-3
(どうしたのかしら?アパートにも居ないし、電話は繋がらないし……)
自分のデスクに戻っても、ずっと由芽の事しか頭に浮かばない。
言いようのない不安ばかりが膨らんでいき、仕事がまるで進まない。
スタッフ達が戻ってきても上の空で、気がつけば事務所に残っているのはチーフクラスの人ばかりになっていた。
『奥村チーフ、まだ連絡がつかないのか?』
「は、はい……まだ……」
さすがにセンター長も心配そうな様子をみせているが、かと言って警察に届け出るような大事にする気はないようだ。
『どうしたのかな……ま、明日になれば出勤するだろう。
とりあえず、注意1だな』
「すみません。帰ってからも連絡入れてみます」
かずさはセンター長に頭を下げてタイムカードを切り、いつもとは違う方向に歩いていった。
自宅に帰る前にもう一度、由芽のアパートに行ってみるつもりだ。
{お掛けになった電話は……}
電車の中でも電話を掛けてみる……今朝と何も変わらぬ返答だけが、かずさの耳に返ってくる。
最寄りの駅に降り、溜め息まじりに空を見上げた。
もう陽は完全に落ち、曇が覆う空には月も星も光らない。
暗い夜道をかずさは一人歩く。
真っ黒なススキがザワザワと騒ぎ、不安を掻き立てるような不気味さに満ちた丁字路を左に曲がる……。
「……?」
由芽のアパートの方向から、スモールライトだけを点けた白い箱バンが向かってきた。
スピードは遅いがフラフラと蛇行しており、かずさは身の危険を感じて道の端に寄って注視した。
「うッ…!?」
その危なっかしい箱バンは、いきなりハイビームにしてかずさを一瞬だけ照射した。
その眩しさはキセノンガスのヘッドライト特有の物で、かずさの視界は青白い光に覆われてしまった。
(な、何…ッ!?何か…危ない!)
箱バンの音を追い抜いて駆け寄ってくる足音と、ガサガサと何者かが草むらから飛び出してくる音が聞こえた……冷水を浴びせられたように背筋が冷たくなり、かずさは咄嗟に身構えて迎撃の態勢をとる……。
(ど…どうする…ッ!?)
ヘッドライトによる目潰しに視界は遮られ、正確な情報がかずさには分からない。
近づいてきたであろう相手に拳を打ちつけるのが果たして正しいのか、正当防衛にあたるのか、かずさは判断に迷っていた。
もしも悪意のない人だったら……正拳突きで顔や肋骨を傷めたりしたら……足払いなら与えるダメージも少なく済むだろうが、今日のタイトなスカートでは、そもそも蹴りを放つ事自体が難しい……。
「誰ッ?そのまま止まりなさ…むぐうぅッッ!?」
静止するよう声をあげた瞬間、かずさは口を塞がれて羽交い締めにされた。
背後から抱きついてくる者を背負い投げしようと身体を捻ろうとしたが、もう一人がタックルのように抱きついてきて両脚をガッチリと抱えられてしまった。
身体は倒され、かずさは不審者二人の腕の中で藻掻くのみ……そこに追撃とばかりに脇腹と肩に噛みつかれたような激痛が走った……。