A RAINY DAY-1
雨の日は嫌いだ。
どんよりした暗い空も、地面ではじける音も、まとわりつく湿気も全部。
私は足をはやめた。
同時に、鞄で缶の筆箱ががらがらと音をたてる。
「青」は進めの色。
自分の知識を疑ったことはなかった。
まっすぐ、雨に滲んだ青信号を見ていた。
次の瞬間、体に衝撃が走る。
…何が起こったのか分からなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
握り締めていた五千円札を洗面台に放りだして。
蛇口の下に手をだして、冷たい水をあびる。
そして何度も手をこすり合わせた。
そのうち涙が出てきて、止まらなくなった。
遠くの方で、電車が発車する音が聞こえる。
学校に遅刻するのは決定。
でも。
下半身に残る不愉快な感触。私の手にお札を握らせた、気持ち悪く湿った手。
このまま、普通の顔をして教室に入れるとは思わない。
周りの人の視線を受けながら、私はしゃくりあげ続けた。
…やっと涙が落ち着いた時。
鏡の中で、同じ制服を着た女の子が壁によりかかっていた。
「大丈夫?」
慌てて振り向く。
見間違えじゃなくて、そこに彼女は立っていた。
今年、はじめて同じクラスになった女の子。朝倉美弥だった。
「……どうして?」
「真希さんが、三駅も手前で青い顔して下車するのが見えたから。
気分が悪いのかなって」
差し出されたハンカチを、思わず受け取る。
白くてアイロンがかかっていて、誰かに差し出されるのを待っていたようだった。
学校がある駅に着いたときには、もう2時間目が始まっていたと思う。
「今日、土砂降りだね」
青い傘をゆっくり美弥が広げる。そして笑いながら手招きした。
どこに忘れてきたか分からないけど、気が付いたら私は傘を持っていなかったから。
雨が布を叩いてぱちぱちと音をたてる。
女物の傘はきゅうくつで、肩がびしょぬれになったけど、なぜかいやな気分はしな
かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「あの時は、本当にびっくりした」
マックでポテトをつまみながら、私はつぶやく。
「……私だって。声をかけるとき、すごくドキドキしてたんだから」
美弥とは、すぐに仲良くなった。
私より痴漢にあったことがあるらしい美弥が、『一人より二人のほうがいい』って提
案してくれて。
毎朝、一緒に登校するようになった。
クラスでもよく私に話しかけてくれる。
一見、無口でおとなしい美弥。でも読書が好きで博識。作文コンクールにもよく入賞
していた。
その人柄にどんどん引き込まれていった。
何をとっても平凡な私に話しかけてくれるのが嬉しかった。
「でもさ。あれだけ人が居たのに、途中で降りたクラスメイトに気づくのってすごい
よね」
私の言葉に、美弥は首をかしげる。
肩で切りそろえた黒い髪が彼女の顔にかかった。
妙に色気があって、大人っぽく見える。
「分かるよ」
「ん?」
「だって、ずっと見てたから」
美弥の真剣な表情に、体の中に風が通り抜けるような気がした。穴が開いたみたい
に。
そこに座っていたくないって、なぜか思った。