A RAINY DAY-3
雨の日は嫌いだ。
どんよりした暗い空も、地面ではじける音も、まとわりつく湿気も全部。
「…わかんないよ。私には分からない」
つぶやいた声は、けして大きくなかったけど。
美弥に届くにはじゅうぶんだった。
「…分からない?」
「どうして、そういう風になるのか分からない」
でもそんな風に言われる気はしていて。
それが嫌で、ずっと美弥を避けていたのに。
通学路をそれて、脇の路地の方へ入る。人が居ない場所に行きたかった。
美弥は、早口で話しながらついてくる。
「同じクラスになったときから、ずっと気になってて。
駅が近いって分かってから、なるべく同じ電車になるようにして」
黙って、足を進める。
「真希と友達になれて、本当にうれしかった。
…何かしたいってわけじゃなくて。
ただ、真希に本当の自分のわかってもらいたかったの。
でもそれで真希とこんな風になるなんて…」
「やめてよ美弥」
美弥が黙る。
「そういうの、気持ち悪いよ」
黙ったまま、美弥はしばらく固まっていたようだ。
私も何も言わなかった。もしかしたら言えなかったのかもしれない。
「そっか。ごめんね」
しばらくして、美弥は声をしぼりだしたようだった。
「ごめんね、真希」
かすれたせいいっぱいの声。
私は自分の足元で靴が濡れていくのを見ていた。
拒否したのは私なのに、なぜか泣きそうだったから。今、美弥の顔を見たらダメに
なってしまう。
たっぷり、カップラーメンが出来上がるぐらい待って。
振り向いた私の目に美弥はうつらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
美弥が死んだ。
マンションの屋上から飛び降りたって聞いた。
美弥の机の上に、名前は分からないけど白い花が置いてあった。
私は、それをぼんやり見ていた。
不思議なほど感情が動かなかった。
どうしてこんなことになったのか、そればっかり考えてた。
◇ ◇ ◇ ◇
最初に目に入ったのは、白い天井。
ゆっくり視線をおろしていく。
白い壁、鉄の扉、固定された自分の足。
相手の車のわき見運転。
中年のおじさんで、何度も何度も頭を下げてた。
入院最終日。
窓を、雨がすごい勢いで叩いている。
水が重なって、小さい水滴を巻き込みながら落ちていくのを私はじっと見つめる。
いつの間にか、窓際に人が立っていた。
肩まででそろえた黒髪。
ピンク色の唇。
怖いだなんて思わなかった。
見慣れた人影だから。
『今日、土砂降りだね』
彼女が笑う。
胸がぎゅっと痛くなった。
『真希と友達になれて、本当にうれしかった』
急に、涙がこみ上げてきて止まらなくなった。
止まっていた感情が動き出したみたいに。
「美弥、ごめん。ごめんね…」
あの時、自分の中のもやもやした気持ちを、もっと別の言葉で伝えていれば。
立ち去っていく美弥を、ひきとめていれば。
どうしてあんなに過剰反応してしまったんだろう。
私だって、美弥が気になっていたんじゃないのか。
信じていたから怖くなったんじゃ…なかったのか。
もう遅い。もう、分からない。
雨はずっと窓を叩いている。
私は、しばらく声をあげて泣き続けた。