小心者の企て-1
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翌日。
佐藤から連絡を受けた高橋は、二人揃って早朝の混み合う電車に飛び込んだ。
他人からの視線を妨げるには具合が良い人波を乗りこなす二人は、走り出した電車の揺れに誰もが馴染むのを待った。
掌が騒ぐ。
滑らかな肌が次第に汗に湿っていく感触を求めている。
スカートの中に掌を入れた時の、ツルツルと滑る化繊か、それとも少し毛羽立つ綿の下着かと逸るワクワク感を欲している。
頭は動かさず、しかし、左右に忙しなく動く眼球はターゲットを探し回る。
『……ん!』
高橋は軽く咳き込んで佐藤に合図を送る。
後ろ髪を束ねた薄幸そうなOLに、二人は狙いを定めた。
桜庭が健在ならばターゲットを中心に置いた三角形に陣を張り、逃げ道を封じて痴漢をするのだが、元々が単独で行っていたのだから二人での囲み≠ナも充分な布陣である。
(……なにしてるんだい?早く探りを入れて反応を見てよッ!?)
ターゲットの直ぐ傍まで来たというのに、二人は食手を伸ばさない。
触ろうと思ったその瞬間、昨日の桜庭の無様な姿が鮮明に浮かんできたのだ。
(何やってんの?君が見つけたんだから君が先に触れよ!)
(せっかく見つけてやったのに、なにをグズグズしてるんだい?ほら、大人しそうな可愛いOLじゃないか)
全く気づきもしないOLの背後で、二人の痴漢師はモジモジするだけで何もしない。
ただ時間だけが過ぎていき、そのOLは次の駅で降りてしまった。
(な、なんなんだ!?いったい君は何をしに電車に…ッ)
せっかくのターゲットを逃した悔しさをぶつけようと、高橋は佐藤の方に振り向いた。
……高橋は口から心臓が飛び出るほどに驚いた……俯きながら恨めしそうに睨んでくる佐藤の向こう……そこには二人にとって天敵と言える彼女≠フ姿があった……。
『んほ!ぐほッごほほ!』
可笑しな咳払いをする高橋の異常に気づいた佐藤は、頭を掻きながら辺りを見回した。
自分から一メートルほど斜め後ろの吊り革に、昨日桜庭を捻り上げて捕まえたあの女性が涼しい顔をして立っている。
(や、ヤバい!いや、ちょっと待て……今日のボクは何もしていないぞ?怖がる必要なんて何処にも無いじゃないか)
もしもさっき不用意に痴漢行為をしていたなら、またアイツに騒がれていただろう。
そして昨日の桜庭が、今日の自分になっていたはずだ。
たった一人の女性に、二人の痴漢師は怯えていた。
あの女性の統率の下、全ての乗客が自分等の一挙手一投足を見ている……そう錯覚させるほどの居心地の悪い〈規律〉で、この車両が支配されていると感じられた……。