探偵、依頼受付中 【弁当】-1
その日は朝から空が重々しい雲覆われていた。天気予報では夕方から雨が降るということだが……。
突然、雨の音が街に響いた。予報よりも早い雨に人々は傘をさしたり、雨宿りに走ったり。いつもは賑やかな真昼の街も人通りがあっという間に少なくなる。
その時、朔夜探偵事務所の中には二人の人物がいた。
「くそ、もう降ってきたか。朝から嫌な空模様だと思っていたが」
一人は長身にグレイのスーツを身にまとった女性。話し方や仕草はまるで男性のような……豪快な性格。朔夜探偵事務所所長――朔夜命である。
「先生、『朝』と呼べる時間には起きてなかったじゃないですか」
もう一人もスーツを身にまとってはいるが、朔夜命と比べ身長が大分低い。並ぶとまさに凸凹コンビ。その凹を担う彼女は、朔夜命のたった一人の助手である大継望だ。
「そう言うな、私にとって午前11時半は立派な朝だ!」
「世間一般でそれは『昼』と言いますが」
望はいつも通り冷静なツッコミを命に入れる。そしていつも通り、命の下らない発言に溜め息をつくのだった。
『ポポッ』
と、そこで事務所の鳩時計が一回鳴いた。時計の短針と長身は15度開き、それぞれ1と12を指している。
「ほら、もう一時ですよ。雨ですけど、おなかすいたんで早くご飯食べに行きましょうよ」
さっき起きたばかりの命と違い、朝から仕事をしていた望は大分空腹の様子だ。しかし命は事務所の入り口で足を止め動こうとしない。
「望君には言っていなかったが、私は雨に濡れるのが大嫌いなんだ」
「そんなの私も嫌いです」
「それなら今の私の気持ちもわかるな。弁当でも買ってきてくれ」
そんな命の身勝手な意見を聞き、また溜め息をつく望。
「先生……そもそも先生がテレビを観ているのを待っていて雨が降ってきてしまったんですよ。それなのに私に買いに行けとおっしゃるんですか?」
「まあそう言わず、これも助手の仕事のうちだと思って……」
すると望は何も言わずに傘を二本持つ。そして自分の頭より少し高い位置にある命の襟首をつかみ、強引にエレベーターに引きずり込んだ。
突然のことに命はバランスを崩し転びそうになる。
「ちょっ、ちょっとまて望君! あ、危ないって……」
小さな望が長身の命を引きずる絵は、中々滑稽であったという。命の慌てた様子も中々珍しいものだ。
命はエレベーターの中でも色々とだだをこねていたが、結局雨の降る外へと出のであった。
雨粒がパラパラと傘に当たる音が心地よく望の耳に響く。命にとってはその音も憂鬱の一因のようだが。
命は少しずつ湿り気を帯ていく靴先を見下ろし、溜め息をついた。
「はぁ、なぜこんなことに」
「先生、日本国民全員で多数決をとってもきっと先生のせいということになりますよ」
望はそんな命の様子を見て、嬉しそうに言う。日頃の鬱憤を晴らせて嬉しいのだろうか。
「わかったから、せめてすぐそこの弁当屋にしよう。こんな雨の中歩き回ったら服も靴もずぶ濡れになってしまう」
命はさらに自分がシャワーを浴びたばかりだということも付け足した。
「そうですね、私も濡れたくないですし。先生、今日は何のお弁当にします?」
望が聞くと、命は真剣に悩み出した。それはもう望が今までに見たことがないほどに。
「この前は豚生姜焼き弁当で、さらに前は幕の内弁当だったか?あそこの店はから揚げ弁当が中々絶品なんだが……」
「鮭弁当もいいですよね。油がのってて舌の上でとろけるといったらもう……」
よだれを垂らしそうになり慌ててハンカチで口元をぬぐう望。どうやら二人にとって昼食は仕事以上に重要なことのようだ。
そして二人の熱烈な弁当談義は暫く続き、弁当屋に着くころにもまだ注文が決まらないのであった。