Farewel l-15
ここで教授は一呼吸おき、話を続けた。
「あれはいつだったか・・・・・この部屋で遅くまで調べものをしていた時、ふいにクリステール様がここにやってこられた。
そして今セリス様に対するのと同じように向かい合い、あの方のお話を聞くことになりました。
あの方が先代王の女性遍歴はじめ、色々悩まれていたことを初めて知ったのです。
それを聞いてしまい、私は自分を抑えられなくなっていました。そしてあの方を抱き締め、そのまま書棚の前の絨毯の上に押し倒し――――――――――」
『やめて、これ以上・・・・・貴方は王妃に対して』
『分かっています!でも私は貴女をずっとお慕いしていた。・・・・だから我慢できなかった、命をかけてもいいくらいに・・・・・!!』
『・・・・・・私も、貴方のことが・・・・嫌いではないわ』
『クリステール様・・・・・・』
「あとはクリステール様の手が私の背中に回り・・・・・まぁ、そこからはご想像にお任せします。
・・・・・しかし私にとっては、まさに忘れられない時間、貴重な思い出となりました。
ただ、それ以来私は王妃様と2人きりになることはあっても、それっきりでしたよ。
“それ以上は駄目だ”という思いが無意識のうちに共有されていたせいでしょうか。もっと私はそのことにあまり苦痛を感じませんでした。
もとより禁断の想いでしたし、高嶺中の高嶺の華。
あの一夜であの方と想いを共有できたことで本当に十分だった・・・・・」
目の前のセリスから視線を外し、ややうつむき加減のまま感情を抑えぎみに話す教授。
その表情にはやるせない“寂しさ”が、
口許には“自嘲”がそれぞれ浮かび上がっていることにセリスは気づいていた。
「それからはエドガー・マッシュ兄弟の誕生とクリステール様の死、教授昇格、そして先王の逝去・・・・・。
激動の中、私はクリステール様の忘れ形見や貴族の子弟専属の教師となり、彼等が成人したのを区切りに職を辞しました。
ただ一度フィガロを離れてしまうと・・・・何というか、逆にクリステール様のことを強く意識してしまい・・・・・もっとも世界の混乱や崩壊もありましたが、今の今まで足を運ぶことに躊躇いがあったんです。
だがエドガーからの子弟としての招きや、彼が選んだ新たな王妃がどのような女性かという関心はなかなか・・・・・」
ここで教授は視線をセリスに戻し、
2人の視線が再び交錯する。
「・・・・お聞き苦しい話をして申し訳ありません。どうか老いた男の独り言として忘れてください」
「いえ、そんなことは・・・・・」
ここで教授は姿勢を正し、その表情から先程までの寂しさの色を消し去った。
「・・・・だが今回はフィガロに来て良かった。
貴女とこうしてお話できる機会があり、新王妃が私の想像以上だったことを直接確認できたのだから。
女好きのエドガーも人生の伴侶を見抜く目は持っていたということですかな」
「・・・・本当に私には勿体ないお言葉です。」
セリス自身先代のクリステールと比較されることに戸惑いが先にたっていた。