風薫る-2
「今日で、本当に最後にするの?」
波の音がいっそう強くなる。遠くを見つめている諒の目は、一瞬揺らいだ気がした。
「そうしなくちゃな」
目のはしに少ししわを作って微笑む彼。
どうして私の目を見ないの?
「ヤツは爽を幸せにしてくれるさ」
「…わかってる」
普通に言おうと思っても強くなる語気。水面の反射光で私はますます悲しくなってくる。
「わかってるよそんなの。私が結婚するんだから」
うまく息継ぎが出来なくなって私は言葉をつむぐのをやめた。ぎゅっと、彼が私の手を握りしめる。
「そうだな」
ごめん。
さらさらと潮風に諒の前髪がなびいて、海と一緒に溶けてしまいそうに見えた。
「俺もミヤと結婚しよっかな」
フサッと浜辺に寝ころんで空を眺めながら呟く。
嫌だよ、なんて私が言う権利なんてないのに。
どうしてよ。
「最後にお前を抱きたかったな」
「…だめよ、彼にばれちゃうから」
少し間があった後、そっかーとケタケタと乾いた声を出して笑う。私はいたたまれない気持ちでいっぱいになる。
「諒、もう帰りたい」
日は、少し傾きかけている。オレンジ色に変わってゆく太陽が、儚い私達の影をのばしてゆく。
「じゃあ帰るか」
すくっと諒は立ち上がった。足の砂をはらって靴下をはく彼のジーンズの裾を私はキュッと握りしめた。
「…帰りたくない」
諒が私を見る。だめだよ、帰らなきゃ。
そんな弱々しい声は私にはもう届かない。
「明日も会いたい。明後日もしあさってもずっとずっと会いたいよ…!!」
「爽…」
ぎゅっと抱きしめられて、ずっと我慢していた涙がぽろぽろとあふれてくる。
「ずっと諒が好きだよ…!あの人じゃ幸せになれないよ…」
グッと、彼が私の肩をつかんで引き離した。ハッと諒を見上げると、諒の目にもうっすらと涙が光っていた。
「なれるよ。お前は幸せになれる」
喉から嗚咽がもれる。声にならない声が涙になって流れてくる。
「泣くな」
大きな手が私の涙をゆっくりとぬぐった。いい年してひくひくとしゃくりあげてしまう。
「俺じゃ幸せにしてやれない」
心が潰れるかと思った。彼の瞳が悲しみにゆれていた。
「どんなに頑張っても」
ふるふると私は首をふった。
もうわかってるから。
聞きたくないよ。