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風薫る
【悲恋 恋愛小説】

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風薫る-1

「どこ行くの?」

もう一時間以上も車を走らせている彼に私は尋ねる。彼は、答えることなく煙草をくわえてハンドルを操作している。
「ねぇ」
「遠くだよ」
相変わらずの冷たい表情で、でも柔らかな声で返事が返ってきた。
ふわりと、苦くて甘い煙が香ってくる。
「爽(さやか)はどこか決まってたほうがいい?」
「…ううん」
遠くがいいよ、と私は呟く。車内の空気が少し和んだ気がした。

「お前、ヤツとは仲良くしてんのか」

ヤツ、とは一週間後に挙げる結婚式の相手だ。私はこくり、とうなづいてみせる。
「そういう諒(まさ)こそ」
「あぁー…」
口にくわえたそれを深く吸って、ゆっくりと息を吐く。それから、まぁな、と彼は前を見つめて言葉を吐いた。

「もうすぐつくぜ」

そう言われて、諒から窓の外へ視線を移すと、目の前にはキラキラと輝く波が青々と広がっていた。

「綺麗」

車を降りた私は感嘆の声をもらす。そうだな、と彼は私の肩に手を回す。
「もう少し近付きたいな」
私は彼の腕をつかんで、浜辺へと駆け寄る。眩しい水面に眉を寄せる彼。

愛しい、と思う。

「靴脱がないと」
そう言って立ったまま靴を、靴下を脱いで水に足先を浸す。
「爽?」
「あ、うん」

もう、言えない。
みとれていただなんて。

「冷たいね」
ちゃぷちゃぷと足の甲で水を揺らす。私たちの影がゆらゆらと歪んで映った。

「あ」

彼は腰をおり海に手をのばす。
「ほら、綺麗な貝殻」
彼の掌からそれをとり、太陽にかざしてみる。きらりと反射した光が、私の目をさす。

「ありがとう」

私を見る諒のまなざしは、すごく暖かかった。優しい、私だけの諒。

「ねぇ」

ふわふわとした砂浜に腰を下ろす。私を見て彼もゆっくり横に座った。
「綺麗だね、海」
「…あぁ」
ザァッと波の音が響く。向こうの方で、子供が水遊びをしているのが見える。


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