Sweet Fragrance4-1
マスカラを重ねる。くるんとしたきれいなまつげ。それに覆われた目は大きくて、黒目がち。ピンク色のチークをふわっとのせる。
―――あたしって、なんてかわいいのかしら。
鏡に向かって微笑みかけるのは、あたしの習慣。そうして鏡の中のあたしに言うの。「世界で一番可愛いのはあたし、ゆかりちゃんよ」だって本当だもん。
習慣、なのだけど…本当、なのだけど…今日はなんだかおまじないみたい。
―――恋愛の女神、アフロディテさま、お見守りください。あたしは今日長谷川泰介くんに、コクります。
だぁって、気になるじゃない?あぁゆう思い通りにならなさそうな男の子。このあたしにキツイこと言う男の子。はじめて出会ったタイプだわ。うーん、あたし、どうしちゃったのかしら。彼があたしを好きかどころか、まどかさんを好きってわかってるのにおばかさんもいいとこよね。恋におちたの、あたし?本物の恋を知らないゆかりちゃんが、ついに知り始めたのね、だなんて、亜希なら言うかしら?なぁに、あたしだって、あのキューンって感じは知ってるわよ。それとは違うような…
変な感じだけどとりあえず気になる男の子は早く彼氏にしたいでしょ?だからあたしは今日コクる。
昼休みに長谷川泰介を呼び出した。
「あのね、この前話したことなんだけど…」
「あっ、それならいいんだ。」
泰介は笑顔を見せた。
「中西さんと永井の噂はうそだったんだ。」
「そうみたいね、さっき亜希が言ってたわ。そのことじゃないの。あの時泰介くん、本物の彼氏作れよって言ったでしょう。あたしあれから考えたんだけど…あたしの本物の彼氏になってくれない?泰介くん。」
あれっ、いつもと違う台詞が出ちゃった。いつもの台詞は…"〇〇くんが一番大好きなの。あたし、いつも〇〇くんのそばに居たいの。"って言い方をするのに。付き合うとか彼氏彼女とかいう表現を入れないのがゆかり流だ。それなのに…
沈黙が続く。あたしは彼を見上げた。びっくりした。泰介はありえないほど真っ赤になってうつむいていた。
「あたしじゃ…ダメ?」
甘えたような声で追い打ちをかける。さっさと答えろよ。
「あっいや、ダメじゃない」彼はあわてたようにいいながら、もじもじしている。うーん、計算外。
あたしの予想では、わりとキツく振られると思ってたもん。だってこの前あんなにキツイこと言われたし。キツイことって、あたしあんまり言われないから、言われるのも楽しいかなぁなんて考えてた。…変ね。
あたしはいつもどおり、お決まりの台詞を言う。
「付き合って…くれるの?」あ、ダメダメ、この台詞はもっとはずんだ声で言わなきゃいけないのに。…あたし、実は泰介と付き合いたくない??ってゆうか、別に好きじゃない??
「あのぉ…泰介くんってまどかさん好きじゃなかった?」
「好き、だよ…」
「あたしのことは?」
「わかんねぇ…俺、付き合うってどうゆうことかもわかんね…」
長谷川泰介ってこんな奴なの。知らなかった。まぁかなり急だったもんね、コクるの。
あぁ、もういい。コイツどうでもいい。
あたしは…今までと違う男、他の奴らと違って、自分にキツイ言い方もできる男に興味があっただけだ。あるいは今まで付き合った男を愛せなかったから、今までと違った男なら愛せるかもって心のどこかで思ってただけだ。そして……自分を変えてくれるかもしれないって期待していたの。だって…あたし変わりたいんだもん。変わらなきゃいけないんだもん。このままじゃ、冷たい大人になってしまうから。見た目がかわいくたって、性格良さそうだって、あたしの性格が悪いことは…あたしが一番知っている。トゲある美しいばらではないの、猫かぶってるからトゲは見えないわ。だけど私は――冷たいばらなの。
あたしは長谷川泰介を見上げる。
「ごめんね、急に。やっぱりあたし、あなたとは合わないみたいだわ。今の告白聞かなかったことにして。」
「聞かなかったことなんて…」
それもそうよね、当たり前だわ。あぁ、あたしって自分勝手。
「あなたの心を乱しちゃってごめんなさい。でももういいの。…まどかさんと付き合いたくないの?好きなんでしょ。」
「だから付き合うっていうか…好きなだけ。」
「好きなら付き合いなさいよ。付き合い方なんて人それぞれだもん。あたし、お手伝いするわ。」
うーん、これはいつものあたしじゃない。調子狂うわね。他人の恋に関わるなんて、世話やきおばさんじゃあるまいしって言って、一番バカにしてた行為だったのに。