自転車に乗って-1
ああ、疲れた。
足が重い。
手も怠いし、火傷も痛い。
疲れた疲れた。本当に疲れた。
仕事は忙しい。製造の合間に接客に出なきゃならないし、レジから帰って来たら手を洗って、お客さんが来たらまた接客に出て。
その繰り返し。
そりゃ、あたしはまだまだ下っぱだ。うちはスタッフが少ないから、二年しかやってないあたしは他のお店で一年目の人がやる事もやり続けてる。
だから、製造はそんなには任されてない。
その分緊張も少ないから良いだろって云われても、そんな問題じゃない。
朝一で砂糖や小麦粉を運ばないといけないし、足りなくなったら取りに行かないといけないし。
でもあたしがやってる仕事は、当たり前だ。
将来店をやりたいんだから、当たり前。
こなさなきゃならない、下積みの仕事。
解ってる。
それにみんなあたしは好きな事やれて幸せだろう、って云う。
解ってる。あたしは幸せだし、仕事場も好きだ。仕事も基本的には楽しい。
だけど疲れる事だってあるっつうの。
好きな事してたら、少しも疲れちゃいけないんかい。
あたしが大好きで、本当に大切なケーキやパンがあたしを重たくする。
好きっていうのは重い。あたしは、最近とても疲れている。
*
「こんちはー」
「いらっしゃいませー」
また来たよ。
あの高校生。
ガキが親の金で買い食いばっかすんな、ばーか。
あたしは笑顔を浮かべながら、心の中で毒づいてみる。だってあの気楽そうな顔がムカつくんだもん。仕方ない。
「こんちは。今日も良い匂いですね」
にこにこしながらサンドイッチを二つレジに出し、常連の高校生が云う。
学校に近いらしくて、よく来る。
うちの店はケーキ屋だけど昼時はパンも出すから、それ目当てのお客も多い。
ただ、高校生はこの常連くらいだ。パン屋やケーキ屋のサンドイッチは、ちょっと高い。
若い子はマックとかコンビニに行ってしまう。
「ありがとうございます」
にこり、と愛想笑いをしてやる。
早く帰れ、ガキんちょめ。
「店員さん、お疲れですか?」
妙にくたびれた財布から千円札と小銭を出しながら高校生が云う。
あたしは、ぎくりとした。
「そんな事ないですよー」
そう云いながらお釣の小銭を渡すと、高校生は慎重に財布に戻してサンドイッチの袋を手にした。
「気晴らししなきゃ駄目っすよ。そうだ、『旗本退屈男』とか見たら良いっすよ。北大路欣也はね、さすがもう親父さんにそっくりだから!」
訳の解らん事を云って、手をぶんぶんと振って高校生は出て行った。
変わった奴だ。