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自転車に乗って
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自転車に乗って-3

「仕事中にごめんね」
「とんでもないっす」
相川君は、あたしの名前を訊かない。
どうでも良いのかな。って云うか、あたしから云わないといけなかったのか。

「あの、後になってごめん。あたしは川上って云うの」
「川上哲治と同じ苗字っすね」

誰だそれ。また解らない。
話しながらも、相川君はてきぱきしている。
大根が似合う男だ。

あたしは、あえて下の名前は名乗らなかった。自分の名前が好きじゃないから。
大体聞き返されるし、変わってるって云われるし。

相川君は自分からは訊いて来ない。
訊くのは馴々しいと思っているのか、大根に必死なのか。

「大根、買いますか?」
ぼうっと立っているあたしに、相川君は尋ねてきた。
ああそうか、そりゃ不審だよね。突っ立ってたら。
「ううん。じゃあね」
それだけ云って、あたしは店を出た。バカみたい。

相川君にとってもあたしにとっても、お互い単に馴染みの店員と客ってだけなのに。

やっぱ疲れてる。



次の日あたしは、釣り銭を間違えた。結構大きい額だったから凄い落ち込んで、悲しくて、店から帰って来たのは夜遅かったけど自転車を飛ばしてあのスーパーへ行った。明日も早いけど、眠れない。

相川君は居なかった。そりゃ、休みの日だってあったし、時間も遅いし。
結局何も買わずに自転車に跨がると、前から見知った顔が来た。
自転車に乗った相川君だった。

「あ、相川君」
「川上さん。今日は遅いんすね。お疲れ様」
ぺこん、と頭を下げた相川君。

「相川君も遅いね」
「仕事終わりに買い物っす。安くなったやつ、親が期待してるから」
からからと笑ってから、彼は云う。

「そういえば、川上さんはなんて名前なんですか?下の名前、よければ教えて下さい」

ああ、気にしてくれてたんだ。あたしは妙に嬉しい。
けど。
「変わった名前だよ」
「播磨とか、長七郎とか伊右衛門とかですか?」

なんだよ、それらは!?

「違うよ。アキラ。男みたいで変でしょ?」
そう云うと、相川君は目をキラキラさせた。

「すげー、ハードで格好良い!ナイスセンスっすね、親御さんは」
「は、はあ?」

あたしは面食らった。それはまさにあたしの親がアキラと名付けた理由そのものだったから。

「格好良いっすねえ。ケーキ屋のアキラさん。将来は『アキラのケーキ』とかいう店をやると良いですよ」
「いや、そんなダサい名前はやだから」

いかん。思わず、キツい事を云ってしまった。


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