思い出はそのままに-45
「さあ、ジュースでも飲んでよ」
浩之は、コップにジュースを注ぐと、美由紀に差し出した。
「浩之くん、どうしたの？」
「えっ？ いや・・・」
「私のこと、嫌いなの？」
「はぁ？」
「ずっと、横向いてるし・・・」
「いや、そんなことはないよ。誤解だよ」
美由紀がうつむいた。
美由紀は、何をしていたのだろうか。祐樹の家に行くつもりだったのか。だったら、早く入ればいいのだ。
「美由紀ちゃん、何かあったの?」
美由紀は答えなかった。ずっと、うつむいたままだ。
「もし、何かあったなら」
「まだ、電話がかかってくるの」
『謝れ』という声が聞こえる。浩之を見下している目。浩之は、ばかにされている。怒りが込み上げてくる。拳を握り締めた。
「それで、私、先生に相談したの」
「先生？」
「うん。浩之くんも知ってるでしょ。沙織先生。困った時や、つらい時は、いつも相談に乗ってもらってるの」
沙織は、そんなことは一言も言わなかった。
「そしたら、負けちゃダメだって。あなたは変わったんだしょ、って」
美由紀が拳を握り締めて、熱く語り始めた。
「そう、私は変わったの！ もう、昔の私じゃないの！」
美由紀は興奮したように、拳を振り回している。
勢いあまって、コップを倒してしまった。こぼれたジュースが、美由紀にかかる。
「ああっ！」
浩之は叫ぶと、近くに置いていたタオルを持って、美由紀に駆け寄る。
「ああ・・・ごめんなさい。もう、私ったら」
「じっとしていて」
Ｔシャツにジュースがついている。浩之は、それを急いでふき取る。
「ああっ。いいよ、そんなこと」
美由紀が顔を赤らめながら言った。
美由紀は勘違いしている。美由紀が着ているＴシャツは、浩之のお気に入りなのだ。汚れたままでは困る。
「ああっ、いやだぁ！」
美由紀は叫ぶと、胸を手で覆った。
「浩之くん、知ってたの？」
「はぁ？」
「ずっと、知ってたのね。もう、知らない！」
美由紀が横を向いた。美由紀は、自分の乳首が浮き出ていることに気づいたのだ。
「いやっ、違うよ。まあ、気づいてはいたけど」
「もう、何で言ってくれなかったのよ」
「そんなこと・・・言えるわけないでしょう」
「なんで！？ まあ！ ひょっとして、ずっと見ているつもりだったんでしょ！ 信じられない！ 変態よ！ 変態だわ！」
「うっ、うわっ！ まんまり大声出さないでよ。近所に聞こえるじゃない」
「きゃあああ！ 触らないで！ まだ、そんなこと早いわよ・・・そういうことは、もっと手順をふまないと・・・」
「なに言ってんだよ・・・」
「なっ！？ もうっ、知らない！」
美由紀が、頬を膨らませて横を向いた。怒っているのかもしれないが、怖くはなかった。どこか、憎めない。それでも、勘弁して欲しかった。
「うふふふ。久しぶりね。こんなの」
美由紀はいきなり笑い始めた。浩之は少し驚いた。
「久しぶり？」
「うん。小学校以来かな・・・」
小学校の頃。仲がよかった。だが、はっきり覚えてはいない。浩之にとっては、中学時代の手が届かない存在という記憶の方が強かった。
「そうかな。あんまり覚えてないな」
「そう・・・あの時は、楽しかったな。浩之くん、いじわるでよく泣かされたわ」
「それも・・・おぼえてないな」
「それって、かなしい」
「美由紀ちゃん・・・」
美由紀が浩之を見つめる。
美奈を思い出した。菜美を思い出した。沙織を思い出した。みんな、犯してやった。美由紀も、犯してやれ。誰かが、そう囁きかける。
『謝れ』と言う声が聞こえる。子供達は浩之を笑った。浩之を見下した目をした。なぜか、浩之が腰抜けだったからだ。好きなものなら、力ずくで物にしろ。そうすれば、誰にも笑われない。
手が震える。あと少しだ。あと少しの勇気だ。浩之は、自分にい聞かせる。