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おりん 【R-15】
【歴史 その他小説】

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おりん-1

「へい、いらっしゃいませ、おあいにくさまですがもう仕舞うところなんで、また明日にでも……や、これはこれはお役人様でしたか、お武家様がどうしてこんな汚いめしやに?…………え? めしじゃない?…………あっしの話をお聞きに?…………はぁ、おりんちゃんのことですかい、それはまた随分前の話を…………この辺りに住んでた頃の事を詳しくお聞きになりたいと?……ええ、ようございますよ、良く覚えていますとも、良い子でしたよ、大人しくって親の言いつけも良く聞いて、お使いなんかも良くしてましたよ……。
 ただ、どう言ったら良いんでしょうかね、ほんの小さい時分からちょいと不思議な雰囲気のある子でしたなぁ、なんだかあの子の周りだけちょっと冷たい空気がまとわり付いているようなね……まぁそんなはずもないんですがね、でもそう感じてたのはあっしだけじゃないんで、みんながそう言ってましたよ…………。
 ええ、なんとなく子供たちの間でも除け者にされてました、どこかみんなと違っているとそう言う事ってありますでしょう? 特に子供ってのは遠慮がありませんからねぇ…………ええ、少し気味悪がられてたみたいでしたよ…………。
 いえ、可愛らしい子でした、子供をつかまえてこう言うのもなんですが、可愛らしいと言うより奇麗な子でした、色が白くって細面で目がぱっちりとして…………いえ、こまっしゃくれた感じだったってわけじゃありません、無邪気な子供っぽさもちゃんとありましたからな……ただね、なんだか目の光が違ってたんです、子供らしい無邪気な目じゃないんですな、底知れないくらいに深くって冷たい目でしたよ、まるで深い井戸みたいなね。
 ……そうそう、一度ね、日が暮れ時にあの子がひとりで町外れにぽつんと座って泣いてるのを見かけて声をかけてやったことがあるんです、『おりんちゃん、どうしたんだい?』ってね、何にも答えませんでしたよ…………いえ、口がきけなかった訳じゃありません、要り用なことだけはポツリポツリとしゃべりますがね、普段は滅多に口をきかない、そんな子でした…………どうやら他の子たちに仲間外れにされて置いてけぼりを食ったんだなと思いましてね、手を引いてやりました、その時あの子の手が妙に冷たかった事を覚えてますよ…………いえ、冬場じゃありません、夏の時分のことだったんですがね……。
 …………おふくろさんですか? おふくろさんはあの子を産んで直ぐに亡くなりました…………難産だったのかですって? いえ、その反対だったようですよ、取り上げ婆さんの言うにはびっくりするくらい安産だったって言うんでさぁ、本当にするりと生まれてきたって、なのにどうしてあんなことに、って不思議がってましたよ……人の寿命なんてわからないもんですなぁ…………。
 おやじさんですかい? 真面目な男でしたよ、正吉って言いましてね、染物職人でした…………ええ、そんなわけであんな土手っぷちにぽつんと小屋を建てて住んでたんですがね、ええ、おりんちゃんの面倒もよく見てやってましたよ、男手一つで育ててましたからうちにも毎日のようにめしを食いに来てくれました…………ええ、おりんちゃんを連れてね、あの娘はあれが好きだのこれが嫌いだの言わないで、なんでも美味そうに食べてくれやした、あっしが声をかけたりおまけしてやったりするとにっこり笑ってくれやしてねぇ、そんな時はあの目も冷たい感じじゃなくなりましてね、無邪気で可愛らしかった……あっしは所帯を持ちませんでしたから子供もいないんですがね、孫を可愛がる気持ちがちょいとわかるような気がしましたよ、で、ちょいと遅い晩飯だとおりんちゃんは寝ちまうんですな、腹がくちくなった途端にね、正吉は良くおぶって帰って行きました、そんな後姿を見送ってますとね、おふくろさんがいないのがちょいと不憫に思えましてねぇ……土手っぷちに住んでましたから人との付き合いはあんまりなかったんですがね、うちにとっちゃぁ父娘揃ってお馴染みさんでした…………ああ、それはご存知で? なるほど、それであっしに話をと…………。
 ええ、腕も良かったようでして小金を貯めてるって噂されてましたよ、本当のところは知りませんがね、もっとも飲む打つ買うってことにゃとんと縁のない固い男でしたからね、ちったぁ貯めてたでしょうなぁ……でもその噂がいけなかったのかもしれませんねぇ、あの家を盗人が狙ったのは……。
 岡引の親分さんが仰るにはひでえ有様だったらしいですよ、正吉は腹と心の臓を刺されて辺りは血の海だったそうで……さっさと金を渡しちまえば殺されなくて済んだだろうにって言う人も居ますがね、どうもそうじゃなかったらしいんですわ…………。
 へぇ、長いことめしやなんぞやってますとね、親分さんもちょくちょく食いに来てくれてましてね…………ええ、お得意さんでした、お役目柄、手が離せないことも多かったんでしょうな、時分どきを随分外してみえることもありましてね、ある晩、ちょうど店仕舞いをしてる最中にみえまして……ええ、ちょうど今時分でございました、もう仕舞いかい? とお聞きになるんで、残り物しかありませんが、それでよろしければお銚子をお付けしやしょう、あっしもこれから一杯やるところですからって申し上げますとね、そいつは願ったりだ、と仰いまして…………ええ、結局やったりとったり、話が弾んで二人で五〜六合も空けましたかねぇ……。
 その時ですわ……酔いもあったんでしょうね、ぽつりぽつりと話してくれたんです、ええ、正吉が死んだ時の話です、親分さんにとってもどうにも解せないヤマだったようでしてねぇ……。


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